Data Science and AI

ナスカのロマン ~AIで見つける地上絵~

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南米ペルー、ナスカ市、首都のリマからバスで7時間ほどの旅路。ナスカといえば地上絵が有名で、目玉の一つはセスナによる遊覧飛行である。町から少し離れた小さな飛行場に行き、航空会社のこぢんまりとしたカウンターで登録を済ませた私と友人T氏はぎゅうぎゅう詰めの6人乗り小型セスナに搭乗する。晴天の中、滑らかに離陸したセスナからは雄大な大地が見える。前席に座るガイドさんは小冊子を取り出し、エンジン音鳴り響く機内で、写真を指しながら「このクジラの地上絵が見えるぞ」としきりに伝えようとする。初めて見る本物の地上絵に感動があふれる。私にとって、それは数千年前の偉業ゆえにだけではなく、もう一つの感動があったからだ。

 


[セスナからのクジラの地上絵(画像中央より少し左)]

 

遡る一年前、山形大学人文社会科学部の坂井正人先生の研究室に私とDL-SURFチーム*の林さんと一緒に訪れた。営業からナスカ地上絵の画像分析の相談が来ているが支援できるか、と声をかけられ、迷うことなく「はい!」と返事したのがきっかけだった。坂井先生は新しい技術の導入に積極的で、研究への満ち溢れる情熱が目に宿っていたことが印象的だった。お持ちの課題の一つが、空撮写真から地上絵を発見することであった。実はナスカの広大な大地にはいまだ未発見の地上絵が眠っているという。ただ、それを高解像度な空撮写真から人間の目で見つけるのは非常に大変なため、AI(正確には画像認識のDeep Learningモデル、これ以降AIはこれを指す)を活用できないか、という相談だった。こうして、AIに空撮写真内の既知の動植物系の地上絵を学習させ、未確認の地上絵候補を見つけられるか、という実証実験が始まった。

 

*DL-SURFとは、「Deep Learning Start-Up & acceleRation Factory」の略称で、システム事業本部に所属し、お客様のAI導入をご支援・実現する技術者チームである。様々なスキルを持ったメンバーで構成され、AIに関する簡易コンサルから実証実験、プロトタイピングに特化している。IBM Power System AC922IBM Watson Machine Learning Community Edition(旧名 PowerAI)などの開発実行基盤を活用して、チームの立ち上げから約3年で大小数十件の案件を実施してきた。

 

課題となったのは入力画像の大きさと地上絵の特有の性質だった。空撮写真は高解像度のため、容量が大きい。AIには入力サイズの制約があり、画像を圧縮する必要がある。そうすると地上絵もぼやけてしまうため、なんとかそのままの画質で利用する必要があった。一方の地上絵は大小様々なサイズがあり、形も一品一様で、その上数はごく少数でありAI用の学習データ数としては一般的な場合と比べて極めて少なかった。また未知な地上絵は既知のものと違う形状であると予想され、汎化性能をAIに持たせることが課題だった。試しにセオリーどおりの方法で検証してみたが、地上絵はまったく見つからなかった。数個の候補が表示されるものの、そこは荒涼とした大地である。

 

画像の入力サイズと地上絵の大小の違いの課題は、チームの野村さんが過去の知見から開発してきた、データ前処理・後処理に工夫を加える独自の拡張機能を適用することで対応できた。他方で、どのように地上絵のパターンを捉えればよいのかの課題は、空撮写真とにらめっこを続け検出方法の仮説を立てた。チームの林さんとAIの出力内容を考察しながら試行錯誤した結果、AIは地上絵のパターンを不完全ながらも覚え、学習データにない地上絵の候補と思われる対象をいくつも示せるようになった。初めて地上絵らしきものを捉えたと分かった時はとても興奮した。早速そのことを坂井先生に報告したところ、今後の調査に利用できそうだと高く評価をいただけた。空撮画像内には既知の地上絵や現代の人が作成したフェイクの地上絵も含まれるため、示された候補を先生方が専門家の視点で改めて精査した。その中に調査対象となりうるものが存在することが分かり、今年の現地調査の対象に加えられ、新しい地上絵として1点が同定された。

 


[AIの活用により見つけた地上絵。愛称ナスカちゃん。画像は山形大学より]

 

実は今回AIが新しく見つけた1点の地上絵は有名な地上絵の近くにあり、これまでも幾度と調査されてきた場所にあった。人が見落とした場所で見つけられたことの意義は大きい、と坂井先生は話される。この実証実験の結果から、改めて考古学の分野でもAI等の新技術の活用が有効となるという評価を先生にいただくことができ、山形大学とIBMワトソン研究所の学術協定というより大きな枠組みの展開にも繋がった。坂井先生チームが長年かけて143点の地上絵を見つけたことと一緒に国内外のニュースに取り上げていただけ、多くのポジティブな反響があった。坂井先生の研究に微力ながらも役に立てたことを大変嬉しく思った。

 

この件をきっかけにペルーに興味を持ち、一年後実際にナスカの地に降り立った。セスナの窓からそれまで空撮写真で幾度となく見てきたナスカ大地を眺め、感動を噛みしめる。好きなアイドルに実際に会えたそれと近いのかもしれない(そういう経験はないが)。本物は写真で見た景色と同じようで違う。起伏もあり、鮮明だった。しかし、感動はそれほど長くは続かなかった。地上絵が現れるたび、よく見えるようにとパイロットは機体を大きく傾ける。ぶらんぶらんと揺られ、薬を飲んだにもかかわらずひどい飛行機酔いになる。痺れがお腹あたりから全身に広がり、気分が悪くなる。元気よく地上絵を撮影する友人T氏の横で、ツアーよ早く終わっておくれ、と念じながらずっと堪えることになってしまった。着陸してからしばらく回復できなかったものの、ナスカの大地に新たな痕跡を残さなかったことを幸いに思いつつ、セスナとの記念写真では精一杯笑顔を作ってみる。旅の良い思い出である。

 

最後になるが、実証実験による支援を通して貴重な経験をさせていただけたことに、坂井先生と事業部始め関係者の方々へ心より感謝を申し上げたい。また、ナスカ旅行をご検討される方には、ロマンを存分に味わえるよう強めの酔い止めをお勧めしたい。

 


[遊覧飛行のセスナ前での記念写真、左は友人T氏]

 


Yiru Lai / 頼 伊汝

Cognitive Application Specialist
Deep Learning Systems Center of Competency,
IBM Japan,

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