Data Science and AI

科学と社会の架け橋としての人工知能学会

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学会とは?

読者の皆様は「学会」いう言葉から何を想像されるでしょうか? ビジネスや実社会とは縁遠いものとお考えの方もいらっしゃるでしょうか?私は2年ほど前から一般社団法人 人工知能学会の理事を務めています。学会とは、学会誌を発行することで学会員に最新の技術情報を提供したり、あるいは研究発表会などを企画し学会員にコミュニケーションの場を提供したりするための機関です。

ここ数年、「人工知能 (AI: Artificial Intelligence)」という言葉を様々なところで目にするようになりました。学術的な用語がこれほどまでに色々な場面で見られるのは通常では考えられない状況で、人工知能に対する世間の期待の高さを感じずにはいられません。この期待の高まりは人工知能学会の会員数にも表れています。10年ほど前と比較すると、個人会員数は約2倍に増えており、賛助会員数(法人会員数)にいたっては5倍近くに増加しています。個人会員数に比べ賛助会員数の伸び率の方がはるかに高いのは、人工知能技術に対する特に産業界からの期待の表れだと言えるかもしれません。学会を運営する理事としての立場からすると、産業界からのこの大きな期待に学会として如何に答えていくかが大きな命題とも言えます。

 

第3次AIブーム?

今は3度目のAIブームであるという人がいます。この言葉の裏には、過去に2度、人工知能は世間の注目を集めたものの、研究者たち、あるいは学会はその期待に応えることができず、ブームが終焉したという事実があります。私自身は過去2回のAIブームを実体験はしていないので一部は想像になるのですが、今の盛り上がりは過去2回のブームとくらべて質的に違うものになり得るのではないかと考えています。

IBMを含め、コンピュータ関連企業はかつての物を売るというビジネスから、サービスを創出するというビジネスに形態を変えてきています。人工知能に関して言うと、人工知能のビジネス化、つまり人工知能を核とした事業を作り上げるという強いインセンティブが、今のコンピュータ関連企業にはあります。一般に、研究成果を事業化するには、技術的課題以外にもいくつかの関門を突破しなければなりません。それらは「魔の川」などと表現されることもあり、時として技術課題の解決よりも困難なものになることもあります。現代のコンピュータ関連企業における人工知能関連事業を推進する強いインセンティブは、これらの関門を突破する後押しにもなりえ、人工知能に関する研究開発成果を社会に根付かせるための力学が強く作用する状況だと言えます。 また、各企業の立場としては、自社開発した独自技術で事業を創出できればベストかもしれませんが、近年はオープンイノベーションの気運も高まっており、テクノロジーを外部、例えばアカデミアに求めて、それをシードとして自社固有の技術やビジネスチャネルと組み合わせることで、新規事業を創出することもあり得るでしょう。

人工知能学会が主催する全国大会をはじめとした研究コミュニティは、大学と企業とを引き合わせ、基礎技術、ビジネスチャネル、エンドユーザー、文化など、様々な要素の有機的な結合を促し、新たな価値創造の場になるものです。さらに、最近では、「AIマップ (外部ページ)」、や「NeurIPS報告会 (外部ページ)」などの新規サービスも開始し、産業界の方々や人工知能の非専門家に対する情報提供サービスも充実させています。

このように、アカデミアとビジネスの世界の橋渡しをすることで人工知能技術を社会に根付かせる潮流を作り、今の人工知能の盛り上がりを一時的な流行として終わらせないようにすることも、今の人工知能学会に課された大きな役割だと感じています。

 

アフター・コロナと人工知能

今、新型コロナウイルスにより世界は大きなダメージを受けています。程なくして、人類はこの困難を克服すると思いますが、「世界は元には戻らない」と指摘する識者も数多くいます。これは、過去の常識や慣習に捕らわれない新たな価値観が見いだされることで、よりよい世界が想像されるということだと私は前向きにとらえています。

アフター・コロナにおいて、今の人工知能の盛り上がりのきっかけとなったDeep Learningを含めた機械学習はどのような役割を果たしていけるのでしょうか?「世界は元には戻らない」という仮説が正しければ、Deep Learningを含めた、データから帰納的に推論するほとんどの機械学習技術は無力化してしまう可能性があるとも言えます。機械学習が機能する大前提は、ある価値観の元で蓄積された膨大なデータが、その価値観を潜在的に表現しているからです。ところが、それ拠り所となる価値観自体が大きく変わってしまえば、過去のデータに内在する知識や知見も過去のものになってしまいます。

では、アフター・コロナの世界において、人工知能技術はどこに向かい、我々はそれをどう活用していけばいいのでしょうか?必ずしも技術は古いから劣っているというわけではありません。第1次AIブームで培われた技術は、今では社会を支えるソリューションとして昇華しています。例えば、私たちが日常的に利用しているカーナビや電車の経路探索は、第1次AIブームの際に盛んに研究された演繹的な人工知能技術の一つである状態空間探索と呼ばれる技術が活用されています。世界の根底にある物理法則や社会を構成するルールが変わらなければ、演繹的な推論は機能し続けます。仮に新たなルールが出現したとしても、例えばソーシャル・ディスタンスという新たなルールができたとしても、それを人間が記述できさえすれば、演繹的な推論は問題なく機能し続けます。

東京基礎研究所の恐神研究員の記事でも言及されている、IBM基礎研究部門が推し進めているNeuro-Symbolic AIは、アフター・コロナにおいて特に重要な役割を果たしていくのではと夢想しています。私の理解するところでは、Neuro-Symbolic AIとは、演繹的なAIと帰納的なAIの融合によって、新たな世界をもたらすものです。

 

価値観が大きく変わりうる今の時代において、人工知能学会の果たす役割はこれまで以上に大きくなっていくと感じています。2019年度の人工知能学会全国大会では750件もの研究発表がなされました。その中には、最新のDeep Learningに関するものはもちろん、歴史の長い演繹的な推論技術も数多く含まれています。人工知能学会全国大会は、歴史の長い技術から、最新の技術までを俯瞰できる場として、最良のものの一つと言えるでしょう。

読者の皆様におかれましては、「学会」を自分とは縁遠い物と敬遠せず、新たな価値創造のためにご活用いただけますと、学会の運営に携わる者としてこの上ない幸せです。

 

吉住貴幸
数理科学担当 マネージャー
IBM東京基礎研究所
https://researcher.watson.ibm.com/researcher/view.php?person=jp-YSZM

 

関連リンク
人工知能学会https://www.ai-gakkai.or.jp/ (外部ページ)

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