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製造現場で継続的なデータ活用を推進するために必要なこと

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吉原 泰弘
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社 デジタル事業部 第4インダストリアルソリューション統括部長 製造業のデータ活用案件に多数参画した経験から、製造現場で発生するビジネス課題の解決につながるデータ活用を企業で継続的に行うためにはどうすればよいか?必要なポイントを本記事で詳しくご紹介します。

 

はじめに

データ活用による新たなビジネス価値創出の必要性が強く求められるようになって久しいですが、IBMでも多くの製造業のお客様に対してビジネス課題の解決のご支援を行ってきました。特に人材確保が困難な昨今においては、製造工程の安定稼働・品質担保に責任を持つ製造現場担当者の作業負荷を低減し、データ分析によりDXを実現するスマートファクトリー(*1)プロジェクトの支援も増えています。

プロジェクトで取り組むビジネス課題は、品質分析・設備異常予兆検知・製造条件最適化など多岐にわたり、顧客側のデータ分析スキルの成熟度や利用可能なデータ量・質も異なります。プロジェクトに参加するデータサイエンティストには、統計的なデータ分析だけではなく、製造現場の深い理解に基づくデータ活用と、それを元にしてビジネス課題の解決策を提案・構築することが求められます。企業で製造現場のことを一番知っているのは、まさに製造現場で働く担当者の方々です。データサイエンティストが製造現場の担当者から経験や知見を最大限に引き出し、それらをデータ分析に活用するにはどのようなアプローチが有効でしょうか?

また、データ活用のプロセスは、一度構築したら終わりではありません。プロセスを構築したあとも日々変化するビジネス環境に合わせて、企業はデータ活用を継続させる必要があります。製造の現場でデータ活用できる担当者をどのように育成すればよいのでしょうか。

本記事では、製造現場の担当者を巻き込み、継続的なデータ活用を推進していくために必要なことを詳しく紹介します。
 
 

1. 継続的なデータ活用の推進に必要なこと

 
製造現場で継続的なデータ活用を推進していくためには、製造現場との共創による価値の創出と、製造現場キーパーソン育成によるデータ活用の推進の2点を重視した活動が必要です。1つずつ見ていきましょう。

 

1.1 製造現場との共創による価値の創出

1.1.1 業務知見を持つメンバーの参画
データ分析活動においては、データ分析のフレームワークであるCRISP-DM(※2)に則り活動を推進することが多くあります。各フェーズでは、データサイエンティストに求められる3つのスキルセット(※3)を用いて活動を進めていきます。

  • ビジネス力 : 課題背景を理解した上でビジネス課題を整理し、解決する力
  • データサイエンス力:情報処理、人工知能、統計学などの情報系の知恵を理解し、使う力
  • データエンジニアリング力:データサイエンスを意味ある形に使えるようにし、実装、運用できるようにする力

図1.CRISP-DM

図1に示すCRISP-DMフレームワークの出発点となる「ビジネスの理解」と「データの理解」フェーズでは、ビジネス課題を正しく理解し、その課題に影響を与える可能性のあるビジネスプロセスと製造現場データを把握します。そのためここでは『ビジネス力』が必要となります。特に重要なのが、業務ドメイン知識です。

業務ドメイン知識は、製造現場の担当者が「匠の技」として持っていることが多く、残念ながら知識や経験はマニュアルなど他者に共有できる状態になっていないケースがよく見られます。これまで私たちのチームでは、このような暗黙知がビジネス課題を解決するキーになっているケースを何度も経験しているため、製造現場の担当者との現場密着型のディスカッションの場を持つことを重視しています。

「匠の技」を持つ製造現場の担当者とのディスカッションは、業界動向や他社事例など世の中の動きも捉えながら進めていくことで、視野が広がり、より有益なものになります。参加者に、企業内の業界のエキスパートやソリューション開発経験者などを含めるようにし、業界と現場に精通したメンバーが一緒にデータ活用アプローチを作り上げることが望ましい形です。

このような共創の場を設けることで、関係者からデータ活用に使うことができる重要な情報を収集することができます。また同時に、ディスカッションに参加した製造現場の担当者は、自身の業務ドメイン知識と製造データをどのように使えば課題解決につながるのか、価値あるデータ活用とはどんなものかを学ぶことができます。

 
1.1.2 暗黙知のデータ化
データ分析では、使用するデータの量・質について議論になることがよくあります。

例えば、デジタイゼーション(アナログ・物理データのデジタルデータ化)、デジタライザーション(個別の業務・製造プロセスのデジタル化)が進んでいないためデータ不足が発生しているケースや、データが大量にありすぎて活用しきれていないケースもあります。データがたくさんあるように見えても、製造現場の知見がデータとして表現できていない場合は、やはり良質な分析結果は得られないためです。

このような状況を改善し、データ分析に適したデータ量・質を担保するためには、データサイエンティストが製造現場の担当者から業務のノウハウをヒアリングし、集まった情報を正しくデータ化する作業が必要となります。その中で特に重要なのは、データとして表現するための新たな特徴量(分析すべきデータや対象物の特徴・特性を、定量的に表した数値)の作成です。

例えば、「製品の切り替えが多いときに装置がチョコ停(何らかのトラブルで数分停止)しやすい」、「装置で少し異音がする時は不良品が多い」など、製造現場でなんとなく持っている暗黙知を、データとして表現する特徴量として定義するのです。地道な作業ではありますが、この中から新たな発見が生まれることがありますので、ここはしっかりと作成することが大切です。このような暗黙知のデータ化活動を通じて、製造の現場担当者は、特徴量を作成するプロセスとデータ準備のための『データエンジニアリング力』を養うことができます。

 
1.1.3 モデリング結果と製造現場知見とのFit&Gap
データ活用の目的はビジネス価値を生み出すことであり、データ分析は手段の一つに過ぎません。そのため、実はモデリングでは必ずしも高度な『データサイエンス力』は必要ではないのです。重要なのは、ビジネス課題を解決できる数式を採用し、製造現場から説明可能なデータ分析結果を導き出すことです。

また製造現場で得られたデータ分析結果は、担当者が第三者に正確に説明できなければなりません。それには、製造現場の担当者が、データ分析で得られたすべての重要変数に対し、現場の実際の現象との因果関係を検証することが有効です。当然のことながら、製造現場の知見では説明できないケースが出てくる場合があります。そのようなときは、製造現場の担当者に、これまでの経験にこだわらず、先入観のないフラットな視点で検証するよう促します。このようにモデリング結果と製造現場知見とのFit&Gapを検証することで、また新たな発見が生まれることや、製造現場の担当者のモデリング手法や評価方法の正しい理解につながります。

 
1.1.4 製造現場への適用
モデリング結果は、製造現場に適用してこそ価値を発揮します。前述のCRISP-DMフレームワークの「ビジネスの理解」フェーズ(図2. CRISP-DMのフローと必要とされる能力を参照) において、事前に製造現場への適用方法を議論しておけば、新たな業務フローのイメージが湧きやすくなります。併せて、製造現場への適用後の状況を確認できる簡単なサンプル・アプリを作っておくと、関係者による期待効果のを把握が容易になります。アプリ開発はITスキルが必要ですので、必要に応じてプロジェクト内の開発担当者に協力を求めるようにします。一連の活動を通じて、製造現場の担当者はデータ分析結果の製造現場への適用方法を習得することができます。

図2.CRISP-DMのフローと必要とされる能力

 

1.2 製造現場キーパーソン育成によるデータ活用の推進活動

従来、改善活動が盛んな日本の製造業において、データ分析は製造現場社員が担当作業の延長で自発的に行う、いわば付随的な位置付けでした。しかし近年では、データを活用してDXを加速させたいと考える企業が増え、データ分析活動は1つの重要な業務として捉えられるようになりました。社内にデータサイエンティストの認定制度を整備する企業も現れ、本格的にデータを使ってビジネス課題を解決し、新たな価値創出をめざし始めたのです。

データ活用を製造現場の業務として定着させるのに最も有効な手段は、データを正しく扱うスキルを持ったキーパーソンを育成し、その社員を中心としたデータ活用の推進体制を構築することです。

 
1.2.1 データ分析活動の実践と成功体験
製造現場でデータ活用のキーパーソンを育成するには、本人にデータ分析プロジェクトに主要メンバーとして参画してもらい、データ分析の価値とそれがもたらす成功の事例を実際に体験してもらうことが効果的です。
そのためには、キーパーソンとなる社員に、豊富な経験を持つリーダーのもとでCRISP-DMフレームワークとデータ分析のノウハウを学び、各フェーズで実際に分析活動の実務経験を積んでもらいます。これにより今後自らがリードするうえでの知識と経験を確実に身につけることができます。

スキルの観点では、製造現場の担当者は十分に業務ドメイン知識を持っているため、データ分析に必要なスキル『データエンジニアリング力』『データサイエンス力』も追加で身につけることができれば、質の高い分析結果を出力し、それをうまく業務に活かすことが期待できます。例えば、SPSS Modelerなどの分析ツールやPythonなど分析に役立つ実践的なコーディングスキルの習得が有効です。

 
1.2.2 活躍の場の提供
データ分析のスキルを習得した製造現場のキーパーソンには、分析活動をリードするだけでなく、分析結果の価値を製造現場の枠を超え、他工場や本社にも広く伝えることが求められます。そのためには、キーパーソンがデータ分析の成果を社内に報告する場を設ける必要があります。例えば全社レベルでの発表会や、本社の上層部に対して発表できる機会などがよいでしょう。このような機会を通じて、データ分析活動の重要性やキーパーソンの存在価値が社内に広く認知され、結果的に本人のモチベーションも上がり、製造現場のデータ分析活動の活性化に繋がります。

さらに、データ活用の報告を受けた当事者からフィードバックをもらえるようなしくみを作ることができれば、キーパーソンの成長に非常に効果があります。
 
 

2. データ活用プロジェクトについて

これまで述べてきた通り、データ活用による新たなビジネス価値の創出には、製造現場での課題を的確に捉え、業務の知見とデータを活用して課題解決につながるアイデアを導き出すことが鍵となります。そのため、データ活用を行うプロジェクトでは、業務ドメイン知識を使ってビジネス分析を行う製造現場の担当者、コンサルタント、統計的アプローチを担当するデータサイエンティスト、システム開発メンバーなど、それぞれ得意分野を持つメンバーが協力して活動することになります。標準的な製造業界のシステム開発プロジェクトに比べて、多岐にわたる専門性と役割を持つメンバーで構成されるのが特徴的です。

一般に、開発スキルと業務知識を併せ持つ技術者は価値が高いと言われていますが、さらにデータ活用の知識も兼ね備えれば、技術者として大きく成長できます。統計学に興味や関心がある方は、ぜひデータ活用のスキル習得にもチャレンジしてみてください。

近年、日本の大学ではデータサイエンスに特化した学部も増加し、学生時代に身につけた『データサイエンス力』をもとにデータ活用プロジェクトで即戦力として活躍する若手技術者も増えてきました。前述の通り、データ活用プロジェクトではいろいろな役割の担当者が集まって活動するため、若手からベテランまで幅広い年齢層、役割のメンバーが互いに影響し合いながら進んでいきます。そのため活気溢れるプロジェクトが多く、自分の担当業務にとどまることなく、データ活用に携わるいろいろなメンバーから刺激と学びを得ることができます。若手技術者はもちろんですが、参画メンバーの誰にとっても、コミュニケーション力や理解力、論理的なアウトプット力なども養われる場と言えます。

 
 

おわりに

ここまで、製造業界での継続的なデータ活用の推進製造現場キーパーソン育成の重要性について述べてきました。データの活用は、製造業界だけでなく、多くの業界におけるDX実現の重要な要素の1つとも言えます。ぜひ皆さんもデータ活用に興味を持ち、データの面からビジネス課題の解決と新たなビジネス価値の共創に取り組んでみてはいかがでしょうか。

 

脚注
※1: スマートファクトリー(Smart Factory)とは、デジタルデータ活用により業務プロセスの改革、品質・生産性の向上を継続発展的に実現する工場を指します。参考: スマートファクトリーロードマップ 2017年5⽉31⽇ 経済産業省 中部経済産業

※2: CRISP-DMとは、「Cross-industry standard process for data mining」の略で、データマイニング・データサイエンス・AI開発などにおいて業界横断で標準的に使えるデータ分析プロセスです。参考: CRISP-DM  (Cross-Industry Standard Process for Data Mining) データ分析フレームワーク 

※3: 本稿では、一般社団法人データサイエンティスト協会(DS協会)が定義する「データサイエンティストに求められるスキルセット」を参考にしています。参照元: データサイエンティスト協会スキルレベル

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