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鉱物資源の「責任ある調達」に取り組むRSBN

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2019年8月に開催されたCognitive Manufacturing Forum 2019。SCMセッションでは、米国IBM Global Business Servicesでブロックチェーンを担当しているSai Yadatiが、『鉱物(鉱山)から製造物までサプライチェーン全体のトレーサビリティを実現するブロックチェーンソリューション』と題した講演を行いました。本記事では、鉱物に関する「責任ある調達」をブロックチェーンで行うRSBN(Responsible Sourcing Blockchain Network)を、Sai Yadatiの講演内容をベースに紹介します。

IBM Global Business ServicesのSai Yadatiの写真

IBM Global Business ServicesのSai Yadati

鉱物産業の現状とRSBNが始まった経緯

RSBNは、「責任ある調達」を提供するRCS Globalが、ブロックチェーンのようなテクノロジーによって鉱物の採掘とサプライチェーンにおける複雑な問題を解決できないか、と問題提起したことをきっかけに開始された製品管理プロジェクトです。IBMとフォード・モーター・カンパニー(以下、フォード)が業界のリーダーとして協力し、リチウムイオン電池の重要な原材料であるコバルトから、取り組みを開始しました。

実は、コバルト鉱石の6割はコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)で採掘されており、そのうちの約2割は、倫理的に正しく生産されているかを立証できない小規模な採掘所で採掘されています。ユニセフの調査によると、4万人以上の子供たちが、そのような小規模な採掘所で採掘に従事している、とされています。つまり、人権の侵害に当たる児童労働が横行しているのです。

また、精錬所に納入されるコバルト鉱石は、規模が大きく安全な産業鉱山から採掘されたものだけではなく、サプライヤーを経由するものも含まれるため、倫理的に正しく採掘されたコバルト鉱石を用いていることを確実に証明する方法がありません。

このような状況を踏まえ、鉱物に関する「責任ある調達」が必要とされる背景には、以下の4つのポイントがあります。

  • 鉱物サプライチェーンにおけるトレーサビリティーの欠如
    鉱物の出所などのデータを取り扱うシステムが存在せず、手作業によるプロセスが主体
  • 人権侵害と環境違反
    児童労働の横行による人権侵害と、コバルト鉱石の曝露による被爆と環境汚染
  • 規制の強化
    鉱物サプライチェーンにおける法規制の強化と企業責任の厳格化
  • 報道機関と消費者の目
    人権関連のリスクが注目されることから、川下企業はサプライヤーに責任ある調達の実践を要求

そして、このIBMとフォードが開始した取り組みに、上流側の採掘会社であるHuayou Cobalt、バッテリーのサプライヤーであるLG化学、そして、RCS Globalが参加することで、上流側でも下流側でも監査が可能となりました。これらの企業が協力して、鉱物サプライチェーン全体における可視性と透明性の確保をブロックチェーンによって推進するコンソーシアムがRSBNです。

「責任ある調達」の実現に向けたブロックチェーン・ネットワークの構築

RSBNのコンソーシアムは、遠大なビジョンを打ち立てつつ、ステップ・バイ・ステップで進んでいく方針です。2019年1月に共同でニュースリリースを出すとともに、「実用最小限の製品(MVP:Minimum Viable Product)」としてコバルト用のアプリケーション開発に取り組みました。このコバルト用のアプリケーションは、チームの協力的な取り組みによって7月末に完成しています。

業界初の鉱物に対する「責任ある調達」のためのブロックチェーン・ネットワークの構築にあたり、RSBNのコンソーシアムが定めた3つの原則は以下の通りです。

  • ネットワークは産業界全体のものとしてオープンであること。そして、競争ではなく共創のためのものであるため、民主主義的であること。
  • 採掘のサプライチェーン全体をカバーすることを目標として、コバルトに限定せず、紛争鉱物(*)や貴金属などにまで対象を拡張していくこと。
  • 児童労働、人権侵害という問題を解決するために、鉱物の産地の地域社会にプラスとなる社会的かつ経済的な影響をもたらすこと。

(*)紛争鉱物:アフリカ等の紛争地域で採掘された鉱物資源の総称。アメリカの金融規制改革法(ドッド・フランク法)では、スズ、タンタル、タングステン、金の4つを、規制対象の鉱物資源として定義。これらの鉱物は、スズ(Tin)、タンタル(Tantalum)、タングステン(Tungsten)、金(Gold)の頭文字を用いた「3TG」の略称で記述される。それぞれの鉱物の用途は以下の通り

  • スズ:はんだ、ブリキ
  • タンタル:ジェットエンジン部品、化学処理装置、原子炉、ミサイル部品、熱交換器
  • タングステン:電球のフィラメント、切削用工具、砲弾
  • 金:ボンディングワイヤ、プリント基板、LED、パソコン、携帯電話、デジタルカメラ

RSBNのコンソーシアムが目指すのは、持続可能で責任ある調達と生産の実践をサポートし、鉱山から市場まで総合的な運用が可能なプラットフォームをブロックチェーン技術の1つであるHyperledgerで構築することです。そして、最も重要なこととして、コンゴで起きているような児童労働や人権侵害に対して、テクノロジーやプロセスの導入によって対処していきます。

そのために、国際的な「責任ある調達」の基準を満たす職人鉱夫や小規模な鉱山事業者が、ブロックチェーン・ネットワークに参加して、ビジネス・チャンスを得られるようにすることも目標としています。最終的に、このプラットフォームは、上流にあたる鉱山業者にとって平等な競争の場となります。そして、サプライチェーンの下流にあたる各企業は、調達に関する企業の責任が確認された、透明性が高い証拠を得られることになります。

コンソーシアムのエコシステムの説明図

コンソーシアムのエコシステム。3TGは規制対象の鉱物であるスズ、タンタル、タングステン、金を指す(クリックで拡大表示)

RSBNのコンソーシアムは、鉱山からマーケットまで、鉱物のライフサイクルに関係する参加者を、全てコンソーシアムのメンバーに入れることを目標にしています。

鉱山会社、作業者、鉱物の情報を格納した「ブロック」が精錬所・精製所に届くまでの間には、貿易や輸送など様々なプロセスがあります。そして、「ブロック」には、関係する多様な当事者とトランザクションの情報が記録されます。同様に、銀行や保険会社も当事者としてシステムの中に入ってきます。今後、RSBNのコンソーシアムは、12ヶ月から14ヶ月をかけて多様な当事者の参加を得て、信頼できる主要なネットワークとしていく予定です。

RSBNの体制とオンボーディング

コンソーシアムには、ガバナンスを筆頭に技術以外にも必要な事項が数多く存在します。RSBNには、「MVPビルドトラック」「ビジネストラック」が設けられていて、民主的にメンバーの合意を取りながらテーマ別にディスカッションを進めています。

IBMが中心メンバーである「MVPビルドトラック」では、コンソーシアムのITメンバーと協力して開発およびアーキテクチャーの定義をしています。そして、作成したAPIが透明性を確保した連携が行えるか否かを、メンバーから提供された信頼できるデータを用いて検証をしています。そして、アプリケーションについては、今後、紛争鉱物用の開発を予定しており、現在は、サプライチェーンの特定化を進めています。

RSBNにメンバーをオンボーディングするプロセスは確立しています。オンボーディング・ワークショップとトレーニングに参加いただき、プラットフォームとネットワークのマイルストーンや構想を理解していただくとともに、どのような役割を担うのかを決めていただきます。RSBNは産業界全体に対して正しいことをするためのネットワークなので、積極的に求めているのは「新たな中立の会社」を設立する、ということです。同時に、全てのメンバーが恩恵を受けられることが肝要です。各社は、「開発」、「PRの視点」、「コンプライアンスの観点」というように、それぞれが明確な主旨を持っており、適切なことを実行するためにメンバーになっています。

サステナビリティーとサプライチェーンのエコシステムを支えるブロックチェーン・ネットワーク

RSBNの目的は、トラッキングを実際に行い、信頼あるネットワークを作り上げ、責任ある鉱物調達を実現する仕組みを確立することです。そして、最終的なゴールとして、「サプライチェーンの課題解決」と「サステナビリティー(持続可能性)」の2つに応えようとしています。

昨今、どの業界においてもサプライチェーンは複雑化しています。そのため、何らかの形で連携して、課題に対処していかなければなりません。また、次世代の人々は、自分たちが運転する車に使われている物質や材料が、環境問題あるいは気候変動の課題に悪影響を与えず、各種の課題を解決するものであることを要求するようになるでしょう。

そのためには、自動車の製造メーカーや、最終消費者であるドライバーに、自動車が搭載しているバッテリーが「責任ある調達」の結果であることを示せなくてはなりません。RSBNが開発しているアプリケーションが目指しているのは、このような透明性です。

ブロックチェーン・ネットワークの説明図

ブロックチェーン・ネットワーク(クリックで拡大表示)

なお、アプリケーションの開発にあたり、全てを開発する必然性はありません。例えば、貿易や輸送におけるコバルトの追跡は、プロックチェーンを活用する国際貿易プラットフォームであるTradeLensに、API経由で接続して行います。採掘に関するブロックチェーン・ネットワークであるMineHubに対しても同様にAPI経由で接続していきます。

あらゆる業界において複雑化しているサプライチェーンの課題を解決するためには、何らかの形で連携する必要があります。API接続によって必要な機能が利用可能となるブロックチェーンのネットワークは、「サプライチェーンの課題解決」と「サステナビリティー(持続可能性)」の課題への解決策の1つです。

その実現は、3年から5年のロードマップで考えられている、ひとつの「旅」です。コンソーシアムのメンバーと協力的に連携をして、信頼のおけるネットワークを実現していきます。

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