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電力業界における消費者との連携

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川井 秀之
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
公益サービス営業部

2016年の電力自由化や2017年のガス自由化、2020年の法的分離以後、エネルギー業界ではさまざまな変化が起きている。人口減少に伴い将来的な電力需要の減少が予想されるとともに、需要家(消費者)獲得の競争が激化し電力小売事業者の合併なども発生している。また、カーボンニュートラルの観点からビル・工場などの排出量取引の検討の開始、電気自動車の販売促進など、数年前には予想もできなかった(もしくは予想はできたが実現までには相当の時間がかかると思われていた)ことが現実になってきている。特に分散型電源(太陽光発電、蓄電池、燃料電池、電気自動車、自家発電等に加えてDRサービスや機器も含まれる)を利用した新しいビジネスは実証の段階を終了し、実ビジネスの時期に入ろうとしている。

自由化で先行している海外では消費者(大口、小口ともに)が手に入れることができる分散型電源の技術が進展すればするほど、また、消費者のエネルギーに対しての選択肢が増えるほど、消費者とどう向き合うのか、どのようにエネルギー供給を実施すべきか、といった指針を見直す例が多い。消費者との協働の推進、協働によりビジネスメリットをどう見出すかといった視点は他業界では日常的に行われており、エネルギー業界でもこの協働という視点に着目し始めている。

分散型電源の技術進展や技術進展による双方向でのエネルギーの流れという観点 と 消費者のエネルギー領域での主導権、選択肢の増加という観点で分類してみると、今後のエネルギー会社が取るべき指針の一端が見えてくる。

4つのモデル

図1にあるように 縦軸を分散型電源の進展軸、横軸を主導権、選択肢の軸と規定して4つの象限を考えてみる。分散型電源の進展には、(ア)分散型電源機器が技術的にも経済的にも利用でき双方向のエネルギーの流れが実現できる(図1の上の方向)と(イ)分散型電源ではなく既存のエネルギー供給がメインで一方向のエネルギーの流れ(図1の下の方向)を設定した。また、横軸は主導権、すなわちエネルギー選択の自由度、選択肢の多さを中心に(あ)エネルギー会社が主導権を持ち自由な選択ができないケース(図1の左側)(い)消費者が選択権を持ち自由にエネルギー会社を選択できる(図1の右側)と定義し、この組み合わせで4つの象限を規定し、モデル名を仮置きした。

(ア)―(い):第1象限 消費者との連携モデル

分散型電源が普及すると消費者は積極的にエネルギー業界に参加する1プレイヤーとなり、ピーク時の電力供給に協力することに加え、DRにも積極的に対応をして自らインセンティブを得るようになる。
エネルギー会社は消費者を理解するとともに積極的に発電や節電を実施する消費者と連携してビジネスを進めることが自社のメリットになる。

(ア)―(あ):第2象限 オペレーション変革モデル

消費者はエネルギー会社の選択が少なく、自ら分散型電源を利用する機会も少ない象限である。分散型電源の大半はエネルギー会社が取り入れ運用をする。
エネルギー会社に主導権があり、供給エネルギーのポートフォリオはエネルギー会社が決定し、エネルギー供給の運用変革が必要となる。

(イ)―(あ):第3象限 現状モデル

この象限は、エネルギー会社が大規模で集中的なエネルギー供給を実施するとともに、消費者は規制等でエネルギー会社の選択ができず、供給されたエネルギーを消費し対価を払うだけである。自由化前の伝統的なエネルギー業界はこの第3象限にある。
エネルギー会社は消費者への安定的な供給だけに専念すればいい。

(イ)―(い):第4象限 選択制約モデル

消費者はエネルギー会社の選択を自由にできるが、経済的に、もしくは、規制等で分散型電源を消費者が導入しにくいモデルである。例えば、FIT価格の下落により分散型電源に投資しない、あるいは規制等により分散型電源自体の価格が高く購入できないなど、エネルギー会社の集中型のエネルギー供給がメインになる。この集中型のエネルギー供給には再エネや脱炭素の供給源も含まれる。
エネルギー会社は供給とともに魅力あるサービスを提供するモデルである。

これらの4つのモデルをもとに自由化で先行する海外エネルギー業界の事例を見ると第3象限から第1象限に業界が移行している国や第3象限から第2象限、その後に第1象限に移行している国など様々な変遷が見られる。また、象限が組み合わさって複数のモデルが混在する国もあるが、多くの国で第1象限のモデルを目指しているようである。例えば、デンマークのDong Energy(現在Ørstedに社名変更)は風力を中心とする再エネ比率を拡大させ、2019年には国内の発電量の50%が再エネ発電で構成されている。再エネは不安定であり、例えば風が止まった時のバックアップ電源が必要となってくる。Dong Energyはこのバックアップ電源を自社で火力発電を待機させるのではなく、消費者が保有する分散型電源(太陽光、蓄電池、EVなど)を利用させてもらい、消費者と連携することで自社の固定費削減と再エネ利用率の拡大を実施しようとしている。この仕組みには利用させてほしいという申し出をするだけでなく、時間毎にインセンティブを変動させ参加しやすい環境を準備している。またインセンティブに応答しやすい消費者の特定を事前に実施して時間毎に依頼する消費者を特定している。すなわちエネルギー会社が自分だけで一生懸命がんばるのではなく消費者と連携してビジネスモデルを変革しているのである。これは航空会社の席の予約にダイナミックプライシングを適用し、搭乗予定者と連携して満席を目指す例に似ている。

では、現在の日本のエネルギー業界(電力、ガス)のモデルはどこに位置するだろうか。自由化前は第3象限の現状モデルにあったことは間違いない。最近のカーボンニュートラルに代表されるエネルギー政策の変換や外資系メーカーの分散型電源の販売の開始、電気自動車への投資を呼び起こすようなニュースもあるが、まだまだ第4象限の消費者との連携モデルにはなっておらず、消費者のエネルギー会社の選択の自由度は高まっているため日本のエネルギー業界は第3象限の選択制限モデルに位置するのではないだろうか。この象限では、エネルギー会社は消費者に対して積極的により良いサービスを提供しなければならない。また、カーボンニュートラル対応でエネルギー供給方法の脱炭素化も検討しなければならず、海外エネルギー会社のように固定費削減のための1つの手法として消費者との連携を考える第1象限への移行を検討していくであろう。2021年6月に資源エネルギー庁から公開された「エネルギー白書2021」によると再エネ主力電源化の記載があり、再エネ大量導入に必要な柔軟性を生み出すため蓄電容量拡大が重要となる点が明記された。蓄電には揚水発電の評価が高いが選択肢として消費者が持つ分散型発電を利用する方法もある。

エネルギー業界では古くから消費者のことを需要家と呼んできた。供給する側があっての需要家という意味合いが強く、必要とされる需要に合わせて確実にエネルギーを供給していく思考からの呼び方である。今後は消費者をエネルギー会社のビジネス協働のプレイヤーとみなし、積極的に消費者と連携するビジネスモデルを検討する時期にきているのではないだろうか。

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