スーパーエンジニアに聞く
ユカイ工学 青木 俊介CEO #1
「ユカイなものを作りたい。ただ便利なものは作らない」――。そう話すのは、ユカイ工学CEOの青木俊介氏だ。社名の通り「ロボティクスで世の中をユカイにする」をテーマにかかげ、常に時代の先駆けをいくユニークな製品を発表し続けている会社、ユカイ工学。今回はそのCEOである青木氏のハードウェアエンジニアとしての視点に迫る。
ユカイ工学株式会社 CEO 代表 青木 俊介
2001年東京大学在学中に、チームラボ株式会社を設立、CTOに就任。その後、ピクシブ株式会社のCTOを務め、2011年ロボティクスベンチャー「ユカイ工学」を設立。ソーシャルロボット「ココナッチ」、脳波で動く猫耳「Necomimi」、フィジカルコンピューティングキット「konashi」などIoTデバイスの製品化を多く手がける。2015年7月より、家族をつなぐコミュニケーションロボット「BOCCO」を発売、2015年度グッドデザイン賞を受賞。2017年10月には、しっぽのついたクッション型癒しロボット「Qoobo」を発表、世界中で話題となる。
ロボットにこだわるユカイ工学の原点
大学でAIの研究をしていたという青木氏。当時は現在AI研究で主流のディープラーニングという分野が存在しなかったので、基礎技術を研究していた。
“AIという言葉の定義ですが「人間と同じ知能」はまだできていません。 人間と同じレベルの知能を持つにはまだ至っていないのです。特に当時はAI研究にとって冬の時代で、1990年代にAIが盛り上がったのですが、下火になっていました。大学ではニューラルネットワークの勉強をしていて、日本語のかな漢字変換ソフトを作りましたが、今や誰も変換ソフトをを人工知能だとは思わないですよね”
面白いものを作り続ける青木氏には、自身の哲学がある。製品開発の基本姿勢は「知能とはなにか?」という問いにあるのだ。
“(ロボット掃除機のルンバで有名な)iRobotの創業者ロドニー・ブルックス氏の『象はチェスをしない』という有名な論文があるんです。象は十分に賢くて人間とも共存ができるけれど、チェスはしない。生物としての知能と人間の知能は異なるという意味です”
AIというと、現在はシンボル操作と言われる言語処理に注目が集まっている。IBM WatsonをはじめとしたAIの技術、つまりソフトウェアで実現可能な技術でもある。しかし、青木氏はハードにこだわるという。
“人間にだけに備わった知能がある一方で、生命が培ってきたものは「身体性知能」。ロボットや身体を前提にした知能が面白いなって思っています”
知能は物事を抽象化して記号を操作する能力だが、実際生きていく中で言語で伝えられる情報は3~4割でしかない。私たち人間は、実は言語以外でメッセージを伝えることが多いのだ。
“ロボットが動くためにはその身体が必要ですよね。身体を前提とした知能に注目しました。だからまず言語を使わないロボットの開発をしたかったんです”
予測可能な予測不可能性を持つロボット「Qoobo」
Kickstarterで支援募集中(2017年12月3日まで)の新しい製品「Qoobo(クーボ)」。しっぽのついたクッション型セラピーロボットだ。なで方によって、しっぽの振り方に変化がついて応答してくれる。つまり言語ではなく、なで方でコミュニケーションをとる、というわけだ。
もちろん通常のロボット同様、マイクロコンピュータのソフトウェアで制御している。だが、いわゆるAIは使っていない。
“「Qoobo」の魅力は「何かする(なでる)と何かが返ってくる(しっぽを振り返す)」という単純なコミュニケーションにあります。AIの使い所は大量の学習データが集まるところにあると考えていて「Qoobo」はあえてAIではなくセンサーと統計処理でランダム性を持たせています”
実は「Qoobo」にはユカイ工学らしいユニークなランダム性が仕込まれている。「そっとなでるとふわふわ」「たくさんなでるとぶんぶん」そして「ときどき気まぐれに」しっぽを振って応えてくれるのだ。
“予測可能な予測不可能性が生き物には必要じゃないですか。例えば、赤ちゃんの行動は予測可能な範囲内にあるように見えてランダム性がある。驚きがあることって魅力ですし、ワンパターンな反応しかしないと可愛くないと思うんです”
ユカイ工学の製品は、もっぱら家庭や高齢者向け。家にいる時間が長い人ほどロボットと関係する時間も長く、役立つからだ。
ネーミングも商品と同じように覚えやすくシンプルなものにするよう工夫をしている。Qooboは、Qooがフランス語で「しっぽ」、Boは「ロボット」からとった。
“名前を決めるときは、担当者みんなでいろんなアイデアを出し合います。製品を作り始めた人の思いが大事ですから。意識しているわけではないのですが、ユカイっぽいセンスが共有できていますよね。この会社にも自然とかわいいものが好きな人が集まってきます”
あえて膝を突き合わせて働くことで開発を加速する
ハードウェア製品の企画を立てる際に青木氏が注意していることは「プロダクトラインを絞ること」そして「売り方の工夫」だ。
“小さい会社なので自分たちのブランドを作っていかなければならない。なので、「プロダクトラインを絞ること」が大切です。在庫リスクをとってモノを作るのは大変なので、クラウドファンディングを活用したり「売り方の工夫」もしています。日本は既存の流通がとても強いので、そこをうまく活用しないとお金にはできない。販売力がないと面白いものが出しにくいんです。特許、商標、意匠を持っておくこともとても重要ですね”
そしてユカイ工学のすごさは、その「スピード感」にある。留守番中の子どもの見守りを助けるロボット「BOCCO」は、企画からモックアップ開発までの時間は、なんとわずか2カ月だという。
“ユカイ工学の場合、ロボットに関わるデザイナー、メカエンジニア、ソフトウェアエンジニアががひとつの場所で共同作業ができるんです。これが大きい。今後、このような会社が増えていくと思いますよ”
働き方改革に注目が集まり、全国各地にリモートのオフィスを持つ会社が増えたり、在宅勤務が盛んになる中で、ユカイ工学の取り組み(ひとつの場所で共同作業すること)は一見すると時流に逆行しているようにも見える。しかし、ハードウェアの開発は、エンジニアのみならずデザイナーなど専門性の高いスタッフが膝を突き合わせて手で触れられる形や質感も含めてアジャイルに開発していくことで最大限にクリエイティビティが発揮され、開発スピードが加速する領域であることもも事実だ。ハードウェア開発を知悉した青木氏ならではの経営手法がかいま見える。