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AI×VRが導く不動産業界のイノベーション創出 「不動産テック」とは?

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データやテクノロジーを活用した「デジタル変革」に注目が集まり、様々な業種、業界でイノベーション創出の動きが進んでいる。不動産売買や賃貸などのビジネスにテクノロジーを活用してイノベーションを起こそうとする取り組みが「不動産テック」(Real Estate Tech:リアルエステートテック、あるいはReTech:リーテック)だ。

 

VR(仮想現実)技術を用い、内見をオンライン化する「VR内見」で、不動産ビジネスに新たな価値を提供しようとするのが、ナーブ株式会社CEOの多田英起氏だ。VR内見の先には「AIを使ったまったく新しい購買体験がある」と述べる多田氏に、同社の取り組みや、「VR×Watson」で不動産、旅行といったビジネスや、我々の生活がどのように変わるかを聞いた。

 

多田英起氏プロフィール

多田英起氏

(株)エーピーコミュニケーションズにて1人で開発部を発足。その後順調に拡大し40名弱のチームで事業部化を実現。KDDI社との共同特許をはじめ、技術的に特徴ある部隊を行う、オープンスタックシェアNo.1の米ミランティス社とのJVの構築などを担う。4年前にVRに特化したナーブ事業立上げ、ナーブ事業をスタートさせ2015年10月にスピンアウトして現在に至る。

 

先に「体験」できることで、消費者の購買行動はより豊かになる

インターネットやモバイルの普及などにより、不動産業界の伝統的なビジネスモデルにもデジタル変革の波が押し寄せている。その契機の一つが、これまで原則的に対面で行うことが義務づけられていた契約時の重要事項説明の非対面化(オンライン化)だ。

規制緩和により、2017年10月より、不動産会社は、契約時の重要事項説明を非対面で行うことができるようになる。これにより、「既存の業務を置き換えることはないが、全く新しい不動産サービスなどのビジネスが生まれてくる可能性がある」と多田氏は語る。

昔は駅前などのリアル店舗を中心に行われていた不動産仲介は、インターネットの普及により、物件情報がオープン化。消費者は不動産検索サイトを使って、物件を検索、比較、検討することが当たり前になった。

しかし、物件検索や契約時の重要事項説明がオンライン化されても、候補物件の「内見」は実際に現地に行かなければ実施できない。「内見」をオンライン化し、移動時間の省力化や、不動産仲介活動の効率化を実現するために多田氏が着目したのがVR(Virtual Reality:仮想現実)技術だ。

ナーブ株式会社CEOの多田英起氏

ナーブが不動産会社向けに開発したソリューション「VR内見」は、専用の双眼鏡型のデバイスを用い、消費者は、遠隔地にいながらにして物件内部の様子を「体験」することができる。多田氏は「モノを購入する過程で、購入や決済手段はオンライン化が進み、進化しているものの、購買行動自体は、先にお金を支払い、後から購入したものを体験することに変わりがなかった」と指摘する。

「体験」が後になるため、購買の選択はどうしてもリスク重視で「無難に」「消極的に」なっていく。しかし、お金を支払う前に体験できれば、もっと納得感のある選択ができるかもしれない。

その可能性を広げるのがVRだと多田氏は述べる。「先に体験できることで、購買行動がより豊かになる。我々の研究では不動産だけでなく、食事や旅行などの分野でもVRで体験したことは、より強く消費者の興味を喚起することが確認された」という。

多田氏はもともと、SI会社でシステムの受託開発をメインに、VRをはじめとする最先端技術の基礎研究を行っていた。「VRに触れたときに、インターネット創生期のような大きな可能性を感じた」という多田氏は、BtoB向けにあらゆる業種でVR環境を構築できる「VRプラットフォーム」の開発を目ざし、2015年10月に所属していた企業からのスピンアウトという形でナーブを起業した。

そして、まずは自社サービスとして事例やノウハウを蓄積することを考え、不動産に特化したサービスとしてスタートしたのが「VR内見」だ。

 

「VR内見」に込められた、多くの人に体験してもらえるような独自の工夫

自社事業を不動産や旅行事業に特化した理由について、多田氏は「市場規模が大きい」ことに加え、「購入時に感覚が重要視される」点を挙げる。

「感覚は人によって異なります。例えば、2部屋のホテルの客室が同じ33平方メートルであっても天井の高さや壁紙の色などの違いでどちらの部屋が広く感じるかは、最後は消費者の感じ方次第なのです」

商品内容が、性能やスペックで説明、理解できるものであればよいが、多くの商材、サービスにおいて、うまく言語化できない買い手の「感覚」が支配するゾーンがある。そのゾーンを埋めるのがVRによる「仮想体験」だ。

ナーブが開発した「VR内見」のデバイス

不動産会社向けの工夫として、データを簡単にVR化する仕組みを提供している。「現状の画像をVR用に変換する技術により、不動産会社は今までの営業フロー、業務フローを変えることなく、物件のデータを準備することができる」という。

不動産会社は、システムをナーブに切り替え、専用のVRデバイスを用意するだけですぐにサービスを提供できる。導入のハードルが低く、ワンストップで導入できるのがVR内見の特長だ。

 

「VR×Watson」で「勝手にやっておきました」の世界が到来する?

さらに、VRとAIを組み合わせることで、「人のナレッジの活用が可能になる」と多田氏は述べる。「人のナレッジをうまくいかしながら、コンピュータが人の仕事をアシストすることで、時間の制約を超えることができる」というのだ。

ナーブ株式会社CEOの多田英起氏

例えば、AIが専門家の役割を果たすことで、消費者は24時間、自宅にいながら好きなときに体験、購入を簡単に行うことが可能になる。これまでインターネットを用いて商品やサービスを購入するとき、消費者は検索キーワードに基づいて情報を検索・検討していた。これは、言い換えれば消費者側のニーズが「言語化されていること」が前提だ。

AIを活用すれば「もっと広い部屋」とか「静かな場所」といった曖昧で、数値で表せない言語から正解を導くことが可能になる。これにより、多田氏は、さらに高度化されたパーソナライズが可能になると語る。

「例えば60分で通勤できる場所に家を探したいときに、これまでであれば家族構成や沿線などの情報を入力し、60分圏内のエリアの物件を紹介する流れでした。しかし、消費者の本当のニーズは『60分くらい』かもしれません。そうなると、東京まで新幹線で75分の越後湯沢も選択肢に入ってくるかもしれません」

ソーシャル上の情報から利用者の価値観や人間関係なども加味して、これまでの情報検索では実現できないような提案がAIによって可能になるかもしれない。そうした豊かな消費社会を実現する一翼を担うのが不動産テックだと多田氏は話してくれた。

ナーブ株式会社CEOの多田英起氏

また、VRは外国人旅行者を自国へ誘致するインバウンド事業にも寄与する可能性を秘めている。外国人旅行者は増加の一途をたどっているが、人気の観光地には人が集中している一方、周辺の観光地への誘致が課題となっている。

こうした一極集中を解消するためのテクノロジーとして「VRによる仮想体験」への期待が高まる。多田氏は旅行者を観光地の“10マイル先”に連れていく切り札として「体験」をキーワードに挙げる。来日した観光客にVRで近隣の観光地への旅行を疑似体験してもらうことで、周辺の観光地への誘致にもつながっていくのだ。

また、観光の先にある若年層の地方への定住、労働力確保という地方の課題解決にも、VRやAIなどのテクノロジーが解決策を提示できる可能性があると多田氏は述べる。

では、「IBM Watson」(Watson)をはじめとするコグニティブ・テクノロジーによって、近い将来、我々の生活はどう変わるのだろうか。多田氏は「個人的には人が考えるより正確な答えをWatsonが教えてくれる時代が来ると思う」と述べる。

ライフスタイルや家族構成から、食料や日用品がなくなる前に、Watsonがそれを察知して、例えば、ミネラルウォーターを補充するように教えてくれる、とか、生活パターンの分析から仕事が多忙な時期が続いた利用者に「そろそろ旅行に行くタイミングでは?」と旅行プランを提案する、といった世界だ。

あらゆるデータを駆使して、人が考えるよりも先回りしてレコメンドを行う「勝手にやっておきましたWatson」ともいうべき世界は「人が明示的に情報を探す」これまでの世界とはまったく異なるものだ。多田氏は「それが心地いいと感じるかどうかは別」としながらも、大変興味深いことだと話してくれた。

 

スタートアップのイノベーション創出を支援する「IBM BlueHub」の取り組み

「IBM Watson Summit 2017」の様子

「IBM Watson Summit 2017」では、日本アイ・ビー・エム BlueHub 事業開発 部長の大山健司が登壇した

ナーブの「VR内見」は、IBMのスタートアップ支援プログラム「IBM BlueHub」の取り組みでWatsonによる機能拡張を行った。BlueHubは、2014年からスタートし、今年で4年目に入る取り組みだ。多田氏は「弊社のようなベンチャーは未来への構想があっても、それを実現するためのリソースが足りない」と述べる。そこに、「自分たちのやりたいことに着実に近づいていくための」インキュベーションの意義を感じている。

コグニティブを用いたどんなイノベーションがBlueHubから生まれるのか、さらなる取り組みに注目したい。

2017年11月1日、BluemixはIBM Cloudにブランドを変更しました。詳細はこちら