要求事項の増加と並行してより一層のコスト削減が求められる今、バックオフィス部門である購買部門にも改革の波が押し寄せています。そんな中、購買部門の競争力を大きく向上させるための鍵を握っているのが、人の意思決定をサポートする「IBM Watson(以下、Watson)」の存在です。
毛利 光博
ビジネス・プロセス・サービス 業務改革コンサルティング・リーダー
製造メーカー、外資系コンサルティング会社を経て現職。これまで多くの調達改革に従事。直接材の改革から間接材の改革、そして人材育成、アウトソースまで調達領域すべてに対応。上流から下流まで幅広いプロジェクト経験を持ち、グローバルに展開するプロジェクトの経験が豊富。
Watsonが有している機能とは?
そもそも、Watsonに代表される「コブニティブ」とは、経験的知識に基づいて判断するという意味です。Watsonは、人が通常集められる以上に多くの情報を集め、人の意思決定を支援します。人の代わりを目指そうとする「AI」と同義に語られることがありますが、本来は目指すものが明確に異なります。具体的には、以下3つの機能を有しています。
- 自然言語や構造化データ、もしくは非構造化データを理解できる
- より良い結果を導き出すための仮説を生み出し、その評価を実行できる
- ユーザーの選択や返答から学び、順応できる
こうした機能を活用することで、購買部門においても社内、社外のサプライヤーの情報をすべて収集し、分析してバイヤーにわかりやすく提供することができます。そして、バイヤーの意思決定を最高レベルで支援できるのが「Watson Supplier IQ(以下、サプライヤーIQ)」です。
「Watson Supplier IQ」とは?
サプライヤーIQは、サプライヤー管理のダッシュボードです。この仕組みを使うことで最新のサプライヤーの情報が時間や場所を問わず瞬時に入手できるようになります。情報戦、交渉という場面において、サプライヤーよりも優位に立つことができます。
サプライヤーIQの主要機能を3つ紹介します。
(1)サプライヤーに関する社内情報
1つめは、サプライヤーに関する社内情報です。通常、こうした当たり前のデータがなかなか集まりません。実例を出して説明すると、ある製造業のCPO(購買担当役員)は、調達責任者としてサプライヤーの役員との面会を頻繁に行っていました。ある時、面会の場で「今年も100億円も買っていただき、ありがとうございます。」との言葉を頂戴したそうです。しかし、事前に社内で説明を受けていた金額とは異なっていました。多くの場合、取引先が提示した金額の方が正確で、自社ではグループ会社を含めた全体の数字が、短時間では正確に把握できないそうです。
その点、こうしたダッシュボードを利用すれば、グローバルにそのサプライヤーから購入しているものが正確に把握できます。社員に1週間前から調べさせなくても、数秒で最新の数字が把握できます。移動中にiPadなどのモバイル端末で検索することも可能です。このように生産性に優れていると共に、情報量でもサプライヤーに対して常に優位なコミュニケーションをとることができます。
(2)サプライヤーに関するネット上の情報までも網羅
2つめが、サプライヤーに関するインターネット上の情報です。「自動ベンチマーク機能」では、ターゲット企業の競合となる会社をWatsonが自動で選択し、その比較結果からサプライヤーの業界における最新のポジション、強み・弱みなどを教えてくれます。ベンチマーク対象についてはWatsonの選択を評価していくことで、自分が必要としている情報をWatsonに学習させ、教え込ませることができます。
また、世界中のニュースの収集と分析にも対応。Watsonがわずか30秒足らずで世界中の最新ニュースを読み込み、ユーザーが期待する形に情報を仕分けして提示してくれます。こちらも提示内容に対して評価していけば、ユーザーが好む記事や仕分けへと精度は向上していきます。
(3)エンド・ユーザーへの柔軟な対応
最後の3つめとして、エンド・ユーザーへの柔軟な対応が挙げられます。ユーザー個々のニーズに基づき、PDFなどの必要な情報を追加格納することも可能です。グローバル・レベルでのサプライヤー情報共有ツールとしても使われています。
1,700人超のユーザーから寄せられた大きな成果
サプライヤーIQは現在、1,700人超のユーザーに活用されています。活用データから判明したことは、ソーシング・バイヤーのデータ活用方法を根本から変革し、大きな成果を生み出せるということです。取引先アセスメント時間を70%短縮し、社内データ収集ルーチンを93%削減、リスク回避の新たな洞察を提示し、集約を加速することで、より多くのコスト低減を実現しました。
具体的に、ユーザーからは下記のような声が寄せられました。
- データを探す時間の制約で、これまでは半分しか見えていない中で意思決定していたものが、すべての情報を見て的確にアクションが取れるようになった。
- 社内では360°アセスメントと呼んでいますが、本当に360°見回して意思決定ができるようになった。それも手間をかけずに。
- ダッシュボードにより、世界中のグループ社員が同じ情報を閲覧し、具体的かつ詳細な議論ができるようになった。
サプライヤーIQを使ったデータ標準化と情報革新
サプライヤーIQを活用するには、多くの基礎データが必要です。そのためには、基礎データをグローバル・レベルで事業、地域、法人をまたいで標準化し、整備していく努力が求められます。しかし、多くの会社がこうした整備に着手できていません。
では、そうしたデータ整備が不十分な会社がサプライヤーIQのようなツールを活用できないかというと、必ずしもそうではありません。むしろ、こうしたツールを使うことで、社内の情報化レベルを上げていくことができます。
こうしたツールを先立って導入し、一気にデータを埋めるのではなく、徐々に埋めていくのです。まずはデータをきちんと整備してから、グローバルで標準化が終わってから始めるという会社が多くあります。しかし、データの完璧な整備を待っていたら、何年たっても仕組みは完成しません。最初は乱雑でも、虫食いでも構いません。日本とUSのデータだけが埋まり、それ以外の地域はブランクになっていても良いのです。
データが入っている部分が有益で、入ってない部分が不益であればあるほど、早く虫食いの部分を埋めるために動くようになるでしょう。データを埋めるための標準化や業務ルールの改善アクションが並行して進んでいきます。データの埋まり具合が、改善アクションのKPIそのものになっていきます。利便性を見せることで、標準化へ向けたマネージメントの賛同を確立するのです。それが、あるべき姿であり、目指す姿でもあります。最初から100%のデータ整備を狙えば、高いハードルを前にして心が折れてしまうでしょう。
Watsonに代表されるコグニティブは、機械による自動化というイメージが強いものの、実はこうした社内標準化の促進についても有効です。改革を迫られる購買部門においても、サプライヤーIQの導入は将来的なコスト削減という点で重要な役割を担うでしょう。詳細については、既に変革を経験しているIBMに是非ご相談ください。
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