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Smarter Business

創業180年の老舗商社が挑むDX変革
ビジネスモデルを変革、材料開発のR&Dを支援するプラットフォームを提供

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折井靖光氏

折井靖光氏
長瀬産業株式会社
執行役員 NVC室長
マテリアルズ・インフォマティクス推進チーム

 

豊田健氏

豊田健氏
ナガセ情報開発株式会社
NDXプロジェクト主任
 

 

寺田大地氏

寺田大地氏
長瀬産業株式会社
カラー&プロセシング事業部 情報印刷部 営業第二課
マテリアルズ・インフォマティクス推進チーム

 

今関靖英氏

今関靖英氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
戦略コンサルティング&デザイン統括
技術戦略コンサルティング
シニア・マネージング・コンサルタント

DXに取り組む企業が増えているが、実際にスタートしてみると様々な壁に直面し成果が出ないケースも多い。そのような壁を乗り越えた企業の一つが、天保3(1832)年創業で180年以上の歴史を誇る長瀬産業。同社はケミカルや食品素材を扱う商社でありながら、自社内に研究開発を行うR&Dセンターを保有する異色の企業だ。この伝統的な専門商社が全社を挙げてDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めている。その一つが、商社の強みを生かしてデジタルの力で材料開発のR&Dを支援したり、新たな価値を生むデータマッチングの場を提供したりするプラットフォーマービジネスを目指すという大胆なものだ。スピード感あるビジネス展開のため、タスクフォースメンバーがわずか10カ月という短期間でビジネス構想を具体化し、2020年11月には同プロジェクトの第1弾となるサービスの提供を開始した。老舗商社が挑むDX変革とはどのようなものか、どのように短期間でビジネスをデザインしたのか。

日本経済を支える素材のR&Dを強化する基盤に

長瀬産業は1832年に紅花など染料を扱う卸商として創業し、その後、化学品、合成樹脂、医薬品や食品素材へとビジネス領域を広げてきた。特徴的なのは、商社でありながら製造・加工・研究開発の機能を有していることだ。社内に「ナガセR&Dセンター」があり、研究開発型企業として知られるバイオメーカーの林原を傘下に持つ。
同社が、目指す姿として掲げるのが「ビジネスデザイナー」である。商社中心の考え方から、商社をグループ機能の一つとして捉え、グループ全体でビジネスをデザインし、新たな価値提供を目指す。

この変革を推し進める原動力となるのがデジタルビジネスの展開である。2020年11月にはその一つとして、AI(人工知能)を駆使した化学、バイオ素材メーカー向けの新材料探索プラットフォーム「TABRASA(タブラサ)」を立ち上げた。

「TABRASA」はAIなどのITを駆使して新材料の開発を効率化するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)用SaaSサービスだ。

プロジェクトの責任者である執行役員NVC室長の折井靖光氏は「素材は日本が守るべきビジネス領域です。私たちのプラットフォームで素材開発の期間を短縮してもらうことが日本の素材メーカーの国際的な競争力強化につながれば」とその意義を語る。

素材ビジネスは同社にとって原点ともいえる分野だ。多くの日本の材料メーカーと取引をしていることもあり、強い使命感があった。しかし、デジタルビジネスというまったく新しい分野への進出だけに、プロジェクトの遂行はたやすくはなかった。

実働メンバーの多くが兼務 デジタルビジネスは「挑戦」

マテリアルズ・インフォマティクスに取り組むきっかけは、IBMが立ち上げた異業種間のIT基礎研究のコンソーシアム「IBM Research Frontiers Institute」への参画だった。2017年のことだ。IBMチューリッヒ研究所とIBM東京基礎研究所にインフォマティクスのエンジンがあり、それを新素材の発見に利用できないかと考えた。

約4年かけて共同開発したのは、AIが文献や実験データを読み込んで新材料を提案する「コグニティブ・アプローチ」と、物質の化学構造と物性値の関連性から求める物質の化学構造式を示す「アナリティクス・アプローチ」の2つ。いずれも人間の手には負えない膨大なデータから新たな知識・提案を得るもので、実験をひたすら繰り返すこれまでの材料開発のあり方を大きく変えることが期待できた。

「当初はこれらのエンジンを単純なツールとして提供することを考えていました。しかし、検討を進めるうちに、それではすぐに古くなってしまい、大きな貢献はできないと考えるようになりました。そこで周辺の仕組みを取り入れ、R&Dのすべてのプロセスを支援し、企業間のデータ取引まで想定したプラットフォーム構築を構想することにしたのです」(折井氏)。

プロジェクトはタスクフォースとして立ち上げられた。しかし、営業部門やIT部門、マーケティング部門などから集まった約20人のメンバーの多くが兼務。意欲はあるものの本格的なデジタルビジネスに携わるのは初めてという社員もいた。IT部門から参加したナガセ情報開発 NDXプロジェクトの豊田健氏は「今までは社内やグループにシステムを提供してきた経験しかなく、外部にサービスとして提供するプラットフォームビジネスの難しさが最初はわかっていませんでした」と話す。

IBMのノウハウを活用して10カ月でビジネス構想を具体化

そこで同社がパートナーとして選んだのが、多くのデジタルビジネスのプロジェクトを立ち上げてきた日本IBMだった。プロジェクト全体をSaaSサービスの設計とプラットフォーム構想の具体化の2つのフェーズに分け、2020年11月に最初のサービス提供を開始することを決めた。

図1:DXビジネス実現に必要となる一般的な実施事項(出典:日本IBM)

 単純なアプリケーションの提供ではなく、プラットフォームビジネスを目指すことを選択し、さらにR&Dと参画企業間の2つのプラットフォームを提供するという構想を立てた。10カ月間でプラットフォーム構想を具体化し、SaaSサービスとして提供するための組織、システムを構築する必要があった。

そこで役に立ったのが日本IBMの持つDXビジネスを支援するフレームワークとプロジェクトの管理手法だった。短期間でサービス提供するために、プロジェクト開始の段階から事業体として組織できるよう、プロジェクトメンバーを「プロジェクト推進」「テクニカル」「顧客対応」「ビジネス支援」の4つに分けてチームリーダーを設定。チームリーダーを介して進捗管理を徹底し、進捗状況を全リーダーで共有した。

日本IBMの技術戦略コンサルティング シニア・マネージング・コンサルタントの今関靖英氏は「魔法の杖は存在しないという前提でビジネスを一緒にデザインしていきました」と語る。ITさえ入れてしまえばDXができると思い込む企業が多いが、ITはあくまでも道具にすぎない。大事なのはビジネスデザインを描くことだ。プロジェクトはそこにこだわって進められた。

また、営業部門から参加した、プロジェクト推進チームの主要メンバーである寺田大地氏は「MIさえ完成すれば、たくさんの方に利用していただけると思っていました。営業担当者の目線ではなく、お客様目線でサービスをつくり上げないと、継続的に使っていただけるプラットフォームにはならないと気づかされました」と話す。

デジタルビジネスの実践が全社のDXを加速させる

新素材探索のためのMIツールの提供は予定通り2020年11月18日に開始された。プロジェクトはまだ始まったばかりであり、今後、企業間で様々なデータ取引やマッチングができるMIプラットフォームへと進化させていくことになる。

図2:長瀬産業MIプラットフォーム構想

 今回のプロジェクトの意義について折井氏は「全社にDXを広げるためには実績をつくることが大切です。具体的なDXを実現して社内外に知ってもらうことにより、会社として次のステップが踏み出せます。TABRASAはお客様により使っていただきやすい機能を盛り込んだものになり、将来に向けた構想も大きく広がりました。日本IBMのコンサルティングがなかったら、もっと簡単なサービスで完結してしまっていたと思います」と評価する。

プロジェクトを通して社内に変化が波及しつつあることも大きな財産になる。IT部門にはデジタルを使ったビジネスモデル構築の知見ができ、営業から参加したメンバーはサービスやビジネスのアイデアをより長い時間軸で考える意識が身に付いた。テクニカルチームのリーダーを務めた豊田氏は「現場の営業担当者と言葉が通じるようになりました」と話し、寺田氏は「かつての商社の『個人商店』的な働き方ではなく、チームでプロジェクトを進める楽しさを知りました」と語る。

同社は明治34年という早い時期から海外に進出し、イーストマン・コダック、ダウ・ケミカル、ゼネラル・エレクトリックなど名だたる海外企業との取引を切り拓いてきた。こぎ出したばかりのデジタルビジネスという領域でもそうした開拓精神が発揮されていくだろう。今後の展開が楽しみである。

日経BPの許可により、日経ビジネス電子版Special 2020年12月4日掲載の広告から抜粋したものです。