鳥井 卓
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
Business Transformation Services
Experience Design & DX事業部 部長
日本IBM入社後、アメリカ、中国、インドなど多国籍で構成されたチームをリードし、インフラ構築における大規模SI案件のプロジェクトマネージャーを担当。その後、2011年から事業戦略室の経験を経て現職。ビジネスの上流部における成長戦略策定、デジタル・トランスフォーメーション戦略策定を専門領域とし、金融業、流通業、製造業のクライアントを中心に、多数のプロジェクト経験を持つ。また、デジタル・トランスフォーメーションについて経営者向け講演も多数実施している。
設備の保全、整備、修理といったフィールドサービスの現場で、人手不足、技能や知識の継承などの課題が言われて久しい。モバイル端末、AI、XRなどのテクノロジーを活用することで改善の道はあるものの、変革を進めるアプローチ次第では失敗に終わってしまう。
設備保全のDXをどのように進めるべきか。この課題に向かい合い、日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)では、製品やテクノロジーありきではなく、現場の声と経営視点の両方を大切にしたソリューションの構築をサポートする。
IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部 Business Transformation Services、Experience Design & DX事業部 部長の鳥井卓が、その進め方や成功のポイント、実際の事例などについてご紹介する。
人材不足や技能継承の課題に、どのようなアプローチで臨むのか
——設備保全やフィールドサービスが抱える課題を教えてください。
鳥井 共通したマクロの課題として、1)少子高齢化による人材不足、2)熟練技能者の知識やノウハウの継承が進んでいないこと、3)コストセンターからプロフィットセンターへの転換の遅れが挙げられます。
1)と2)の課題に取り組みながら、3)のプロフィットセンターへ転換すること。そこでは、デジタルの活用と部門を横断した展開が求められます。ナレッジをデジタル化して外部への提供や連携を考える必要があるということです。
——そのような課題の解決に向けたDXにおいて、どのようなアプローチを取ればいいのか悩まれている企業も多いようです。
鳥井 企業のDXの多くは、IT部門の主導で展開しています。設備保全の分野においても例外ではありません。例えば、従来の基幹システムに加え、IBMの資産管理ソリューション「IBM Maximo」やSAPなどを利用しながらビジネスプロセスを定め、現場の従業員がトレーニングを受けるという進め方です。
ところが、IT部門は必ずしも現場の作業や課題を正しく理解しているわけではありません。そのため、現場が使いやすいとは言えないソリューションができ、結局は使われなくなっていくことも少なくないようです。
そこで、IBMの提案では逆のアプローチを取ります。実際にソリューションを使う現場のメンバーを必ず巻き込み、現場がどのように変わっていかなければならないかを一緒に考えて作り上げていく「従業員体験」を中心としたアプローチです。
「従業員体験」を中心としたアプローチにおける3つのステップ
——そのアプローチについて、ポイントと進め方を教えてください。
鳥井 DXを進めるプロジェクトには「現場(業務ユーザー)」「IT部門」「トップなど役員レベル(エグゼクティブオーナー)」に入っていただくことが大切です。エグゼクティブオーナーに入っていただくのは、直面している経営課題を踏まえて問題解決の着地点をイメージするために高い視座、広い視野が必要だから。現場の便利ツールに止まらない変革の実現にはエグゼクティブオーナーの参加が不可欠と考えています。
IBMからは、コンサルタント、UI/UXのデザイナー、データサイエンティストが参加します。私たちが提案するのは、「観察」「洞察」「創作」の3ステップです。
出展:IBM
最初のステップ「観察」では、IBMのイノベーションプログラムであるIBM Garageを利用したデザインシンキングによりビジネス課題を洗い出します。合わせて、私たちも現場にお伺いし、どのような状況で作業しているのかを理解します。現場を理解することなくして、現場の従業員に便利なツールやUIは作成できません。ビジネスプロセスの可視化とともに、現場観察を大切にしています。
——次のステップ、「洞察」と「創作」についてはいかがでしょうか。
鳥井 ビジネスプロセスを観察し現場の従業員の方と一緒に可視化していくと、さまざまな課題が出てきます。例えば、設備に不具合があった際に原因がわからない、原因がわかったとしてもそれに対処する方法を探すのに時間がかかるといったことがよく浮かび上がります。
そのような課題に対し、「洞察」として課題それぞれの原因を分析します。あるべき姿、解決のための新しい働き方などを一緒に考えながら解決に向けたジャーニーマップを作成するのです。ここで大事なのは、目標を、エグゼクティブオーナーが出した企業が目指すべき姿・着地点に拡張させることです。ボトムアップ、トップダウンの両方から着地点を探ることで、さらにその先の展望も見えてきます。
IBMからは、私たちが提唱するこれからの業務自動化であるインテリジェント・ワークフローに基づいたご提案、世界中の先進事例などをお出しします。これにより、「自分たちにもできるよね」というイメージや部門横断的な意識を膨らませていただくとともに、モバイル活用、AI、RPA、XRなどの技術要素を掛け合わせ、全体のデザインを明確にしていきます。これが「創作」です。
創作においては、例えば、モバイル端末を活用したツール作成では、現場の方々に「こんなツールがあればいいな」と思うものを書いてもらい、私たちがUIに落とし込んでいきます。そのプロセスによって「こんなツールを使うんだ、新しい働き方になるんだ」というイメージが現場の中に浸透するはずです。そして、実際に新しいツールで現場を回してみて、足りないものはアジャイルに作り替えていきます。
——3ステップでどのぐらいの期間をかけるのでしょうか。また、アジャイルで進めるということは、全ての機能を最初から揃えるのでなく、優先順位を決めながら進めていくわけですね。
鳥井 はい。従来のウォーターフォール型の開発では、8ヶ月ぐらいかけてユーザーテストまでこぎつけていました。うまくいかない部分があっても、仕様や時間に制限があるためなかなか改修できず、その結果、現場が我慢を強いられることが多かったと思います。
アジャイルに切り替えることで、実現性やコストを鑑みながら優先順位の高いものから柔軟に進めることができます。その結果、早いものだと3ヶ月程度でテストにまで至ります。不具合についても作り替えていきますので、現場が我慢を強いられることも大幅に減るでしょう。さらに、現場がすぐに変化を感じることができ、変革への意識ややる気を維持できます。少しずつ働き方が変わり、効果を実感する。これはチェンジマネジメントの点でも有効です。
設備保全におけるDXの具体的事例
——IBMがサポートした設備保全のDXの事例を教えてください。
鳥井 まず日本航空株式会社様をご紹介します。2016年当時、一等航空整備士が駐機場で実際に作業する時間はわずかしかなく、ほとんどの時間は紙を使った報告作業などの間接業務や待ち・移動時間という状況でした。「自分が整備士になってから30年間、何も変わっていない」という声も聞かれました。さらに、国家資格が必要な一等航空整備士は不足しており、熟練者が退職していく状況が重なれば整備士がボトルネックになって売り上げに影響を与える事態が起きかねなかったのです。
そこで、一等航空整備士を含む「運航整備士」の業務効率化、生産性の向上をお手伝いしました。
——最終的に、アプリを搭載したモバイル端末が導入されたようですが、どのような成果がありましたか。
鳥井 モバイル端末のため、欲しい情報はどこにいても手に入ります。都度オフィスに戻ることなく、モバイルから整備基幹システムに報告情報を入力するなどの効率化も図れています。さらに、IBMの予測分析ソフトウェア「IBM SPSS」を使い、整備士やパイロット、客室乗務員が入力するデータに加え、飛行機が搭載する多数のIoTセンサーからのデータも組み合わせることで、不具合につながる予兆を分析するなど高度な分析も実現しています。
2018年、紙資料の334万枚削減、移動距離の 120万キロ(月まで1.5往復)削減を実現しました。また、定時出発率と整備士の生産性も向上しました。そのため、自社以外の航空機のメンテナンスも請け負うビジネスに取り組み、数億円規模の売り上げを計上するまでになっています。
——設備保全のDXが起点のビジネス創出ですね。そのような付加価値を生んだDX事例には、大手発電事業者様、ビル管理業者様などもあると伺いました。
鳥井 はい。発電事業者様では、電力自由化や脱炭素という市場の変化を受けて働き方改革に着手。データとAIの活用によるスムーズな業務プロセスの実現を目指しました。プロジェクトには、発電所のオペレーションとメンテナンスのそれぞれの部門から、熟練者と若手社員を合わせて数十人の社員に入っていただきました。
そこで洗い出された60近くの変革ポイント、たとえば「変動する電力の売買価格に合わせてメンテナンスのスケジュールをダイナミックに最適化する」「データから部品の経年劣化を予測し不具合が起こる前に対処できるようにする」など、熟練者の経験と感覚に頼っていた工程を改善していきました。3ヶ月でモバイル用アプリを導入し、その後もアジャイル開発により3ヶ月おきに機能をアップデートしています。
ここで蓄積された知見や開発されたソリューションは、この企業様が、海外も含めた他社に対して販売していく見込みです。品質の高さや効率の良さなど、良質な設備保全ノウハウのビジネス化ですね。
——ビル管理業者様はどのような取り組みだったのでしょうか。
鳥井 価格競争になりがちなビルメンテナンスにおいて、DXによって得られるデータを活用してサービスの付加価値を生み、他社との差別化に取り組みました。
まず、モバイル端末を活用したツールを軸に業務の最適化を進め、点検、緊急対応、定期メンテナンスといった作業を削減できました。人手不足という課題の解決につながっています。
そして、そこで得たデータから導き出された理想的なメンテナンスをビルオーナーに提案することに取り組んでいます。例えば、この時点で保守しておけば大きく痛んだり壊れたりすることはない、この装置や手順であれば省電力化につながりコスト削減ができるといったことです。その結果、金額に現れない付加価値の提供と信頼関係の強化という点で効果が期待されます。
DXプロジェクトをエンドツーエンドで支援するIBMのアセット
——成功するアプローチと事例を紹介いただきました。成功するプロジェクトに共通点はありますか。
鳥井 3つ挙げられます。1つ目は、経営層が挑戦的な目標を掲げていること。2つ目は、プロジェクトメンバーにいい意味での危機感があること。変わらなければならないという思いは、変革の意識ややる気につながります。3つ目として、エグゼクティブオーナーを含めて経営視点を持っている人、今後の働き方を作っていけるような若手など、さまざまな参画者がきちんと時間を確保して参加することです。そのためには、会社が“その行動”に投資しているのかが重要です。
——DXをサポートするIBMの強みはどこにあるのでしょうか。
鳥井 IBMには、「コンサルティング・サービス」と「製品やテクノロジー」の両アセットがあります。エンドツーエンドでサポートできる。設備保全はセキュリティが重要な分野であり、その点もケアしなくてはなりません。世界中に専門家を抱え、実績のあるIBMであれば、たとえ日本での事例がなくても海外ならこういうやり方もあるなど、さまざまな支援ができるでしょう。
また、IBMが提供しているMaximoは、基幹システムと連動したデータ分析やモバイル端末の活用などを揃えた製品群です。従来の設備保全のDXでは、都度模索しながら進めることが多かったのですが、ポイントやするべきことが体系として構築されつつあります。もちろんMaximoの製品群にも組み込まれているため、すぐに始めたいというお客様は、ベストプラクティスを使って設備保全の改革に着手できます。
さらに、IBMは研究・開発も世界規模で行なっています。設備保全のDXにおいては、モバイルやWebだけではなく、XRの可能性も広がりますが、お客様だけではその実用性について調べきれないかもしれません。IBMには技術に精通したメンバーがいます。ぜひ、私たちの知識を活用してください。規模を問わず、日本中の企業の変革を支援できれば嬉しいです。
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