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関西ペイントの挑戦に見る、DX成功の鍵となるボトムアップ型アプローチ

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笠松 伸成氏

笠松 伸成氏
関西ペイント株式会社
経営推進部門 経営企画本部 業績改善分科会グループ
業務改善分科会 統括管理

入社後、営業部門にて主に製造業のお客様を担当。その後、経理部門にて連結決算などに従事し、経営企画本部へ異動。業績改善分科会を始めとして、複数のITプロジェクトに携わり、会社の業務構造改革を推進する。

 

三田 敦氏

三田 敦氏
関西ペイント株式会社
生産・SCM・調達部門 SCM本部 SCM企画統括部 企画部部長
業務改善分科会 物流チームリーダー

入社後、生産計画の実務を経験後、システム再構築プロジェクトに参画し、その後、一貫してサプライチェーンに関するさまざまな改革活動に従事する。2020年に業績会改善分科会のリーダーの一人として物流業務の変革を推進する。

 

北原 有紗氏

北原 有紗氏
関西ペイント株式会社
経営推進部門 経営企画本部 業績改善分科会グループ
業務改善分科会 事務局

入社後、人事部にて新卒採用・人員管理業務に従事した後、経営企画部に異動。経営企画部が主導する複数のプロジェクトに携わった後、2020年に業績改善分科会の事務局に配属となる。

 

伊藤 隆宣氏

伊藤 隆宣氏
関西ペイント株式会社
研究開発部門 R&D本部 基礎研究所 第1研究部
業務改善分科会 チェンジマネジメントチーム サブリーダー

技術系職種として関西ペイントに入社。リチウムイオン電池用の導電ペーストの開発に従事し、研究から開発、製品立ち上げまでを経験後、合成樹脂部門に異動。研究開発と並行して、業績改善分科会のチェンジマネジメント活動を企画、実行。

2018年に創立100周年を迎えた関西ペイント株式会社(以下、関西ペイント)は、業界の先陣を切って海外進出を果たし、グローバルに事業を展開する日本屈指の塗料メーカー。同社の売上高における海外比率は60%を超える。また、16兆円規模になる塗料のグローバル・マーケットにおいて、自動車塗料分野では世界トップ5に入る。

関西ペイントが、次の100 年につなげていくため、デジタル変革に取り組んでいる。変革を牽引する「業績改善分科会」は、現場の意見や課題を吸い上げ解決に導くため、2020年4月に発足したプロジェクトだ。日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)との戦略的パートナーシップを締結し、これまでの安定的成長に甘んじることなくDXに取り組む。分科会のキーパーソン4名に、分科会の活動とIBMとの共創について聞いた。

「業績改善分科会」によるボトムアップ型のアプローチでDXを推進

業績改善分科会とは

出典:関西ペイント

——関西ペイントのDXを牽引する「業績改善分科会」についてお聞かせください。

笠松 業績改善分科会は、社員自らが、社内の課題を洗い出して解決策を見出し、関西ペイントが目指すべき姿を検討していくためのプロジェクトです。完全なボトムアップ型の活動であり、弊社初の試みになります。

設立の背景にあったのは、経営陣の戦略がなかなか現場に伝わっていかない、経営陣と社員をつなぐ存在が欠けているといった課題でした。経営陣の考える会社の目指すべき姿と、社員が考える目指すべき姿。両者の目線を合わせる、つまりトップとボトムをつなぐ役割を分科会は担っています。

20代〜50代までの約80名、さまざまな部署のメンバーが通常業務との兼任で参画しています。分科会の専任はリーダー役を務める6名です。「実務者の仕事を楽にする」という目的と、「年齢・経験・性別・国籍はいっさい関係なく、良い意見を採用する」「どうすれば改善、解決できるかを考えて行動する」といった10のルールだけを定めてスタートしました。

三田 まずは、全社員から社内の課題について意見を募ると、1カ月ほどで6,912件の意見が集まりました。それらを集約して課題をカテゴライズしていく中で、その多くは「DXで改善できるのでは」と方向性が見えてきたのです。

——そこから、IBMとのパートナーシップの強化、DXにおける共創が始まったのでしょうか。

笠松 そうですね。分科会には、それぞれの部署から現場をよく知る社員が抜擢されてきましたが、ITに明るいわけではありません。デジタル部門の人数も限られているため、彼らが全てを担うのは無理があります。そう言った不足部分を補うため、活動を進めるに当たり複数の企業にお声掛けしました。

その中で、私たちの課題に寄り添った提案をしてくださったのがIBMさんであり、分科会のリーダー6人の総意をもってIBMさんとパートナーシップを組みました。最初は試運転の期間を設けさせていただきましたが、DXの知識面でのレクチャーや集まった意見の解決策などのアドバイスをいただく中で期待以上の成果を得られたため、2020年10月末にパートナーシップを強化することを発表しました。

三田 社内の人材だけではDXのスケールが小さくなってしまいます。ITの専門家と深いレベルでタッグを組むため、IBMさんには、DX推進の主要ポジションに出向いただくとともに、必要なプロジェクト・メンバーもそろえていただきました。その一方で、プロジェクトを通じて自社のIT人材を上積みし、いずれは自走できるように知見を高め、将来の強みに変えていくことも視野に入れています。

約7,000件の「困りごと」をもとに、社員とコミュニケーションしながら課題設定

笠松氏

——さきほど、寄せられた意見は6,912件だったと伺いました。意見の募集や、そこからの課題の洗い出しについてお聞かせください。

笠松 まず、全社員に「現場の困りごとを教えてほしい」と、メールによる自由記述形式で意見を募集しました。その結果が、6,912件だったわけです。「業績改善分科会殿」と重々しく書かれた封書が届いたこともありましたね。また、意見を取り扱う際に匿名希望の場合は、その旨を記載してもらいました。

記名方式としたのは、分科会からのフィードバックを行うためです。私の経験上、従来の社内アンケートや調査の多くは、意見を収集した後、それがどのように受け止められたのか、どのような解決策が取られるのかといったことが分かりませんでした。そこで今回は、きちんとフィードバックすることで、相互の信頼関係構築の糸口を見出したのです。

三田 正直なところ、7,000件近くの意見が集まるとは想定しておらず、意見を集約して課題としてカテゴライズするだけでも大仕事でした。IBMさんから、意見をどう切り分け、DXの課題としてどう落とし込んでいくのか、他社事例なども参考に具体的なアドバイスを頂き、それらをベースに進めていけたのはありがたかったです。

意見を集約・分析し、どうすれば実務者の仕事が楽になるのかと考えた結果、「物流」「技術」「営業」「クイックウィン(短期間で解決できる課題)」「ロジック(全社に跨る制度等)」の課題毎にチーム編成し、変革を進めることになりました。そして、変革を進めていく中で、「チェンジマネジメント(企業風土や文化の変革)」の必要性、重要性に気付かされることになります。

DXの成功に必要な、現場で、見て、聞いて、対話する「アナログ感覚」

三田氏

——2020年の4~6月で現場の意見を募集して分析を進めて課題をカテゴライズし、6~7月で解決策立案に向けたチーム編成し、7~8月で具体的な解決策の企画と効果試算を行ったと伺いました。

三田 そうですね。まず、アンケートではデジタル化の遅れを問題視する声が多かったため、DXの推進は急務でしたが、どの領域から進めるべきか、その絞り込みが悩みどころでした。

例えば、私がリーダーを務める物流チームの場合、物流には大きく2つの領域があり、お客様に製品を届ける「物流配送」と、倉庫や工場間、工程間でモノを運ぶ「構内物流」があります。

営業やお客様から見れば、当然、物流配送の問題点が目に付きますよね。しかし、私たちは検討を重ねた結果、まずは構内物流からDXを進めることにしました。上流工程である構内物流が効率化し、きっちりと管理されることが、結果的に配送物流の変革にも役立つと考えたのです。

そこで導入したのが、「Warehouse Management System(WMS/倉庫管理システム)」です。従来、倉庫では、製品を取り違えないように伝票と現物を目視でチェックしながらピッキングしていたため、経験と勘が求められていました。しかし、WMSとつながった携帯端末を使用したQRコードによる管理・ピッキング作業を確立することで、庫内作業の効率は大幅にアップできます。

——システムの導入に当たり、分科会のメンバーも現場に入ってヒアリングを行ったのでしょうか。

三田 はい。構内物流は社内でも縁の下の力持ち的な存在で、現場の社員がどんな帳票を見て、どういう順番でピッキングしているのか、どこに困っていて、どこに改善ポイントがあるのかといったことは、実際に現場に入ってみないとわかりませんでした。

例えば、ある倉庫では、ベテラン社員が目視でピッキング・リストを、出荷の方面別にものすごいスピードで、手作業で仕分けをしている。それならば、ピッキング・リストを倉庫別、配送エリア別に出力するようにすれば作業は効率化します。

笠松 私たちのような製造業は、みなさんが思っている以上に、まだまだアナログの業務工程が多いんです。そのような現場に従事してきた職人肌のプロをDXでサポートするために重要なのは、現場に入って、見て、聞いて、対話するといった「アナログ感覚を大切にすること」だと思います。

IBMとの共創により、さまざまなチームの活動を通じて社員の意識や企業風土を変革

伊藤氏

——DXプロジェクトには、お話いただいた業績改善分科会のほか、「グローバルデジタルプラットフォームの確立」「IT組織の刷新」「チェンジマネジメント活動」という柱もあると伺いました。それらのチームについて教えていただけますか。

伊藤 はい。「分科会が何をやっているのか全然わからない」と言われたり、逆に「社内の課題は分科会がすべて対処してくれる」と思われたり、メンバーの意図と周囲の認識のギャップが大きい時期もありました。

そこで、IBMさんから、そのような課題を解決するための考え方を教えていただき、私がサブリーダーを務める「チェンジマネジメント」という概念を実践するためのチームが発足しました。全社一丸でDXに取り組むため、社員の意識や企業風土の変革を目的としています。

DXでは、多くの人が最初は抵抗を感じることが一般的と聞きますし、実際に社内でそういった空気を感じる場面は多々ありました。それらを和らげるために、情報発信の頻度を増やす、切り口を変えてみるといった工夫や、対話・コミュニケーションを重視する活動に力を入れました。DXの成果を分かりやすく紹介したアニメーション動画の制作や、全社員が参加できるオンラインでの報告会の実施などです。

——「グローバルデジタルプラットフォームの確立」「IT組織の刷新」についてはいかがでしょうか。

笠松 弊社は過去に積極的なM&Aを行ってきましたが、会社によって使用するシステムも違えば管理体系も違うと言った状態でした。当然その状態ではグローバルでのデータ収集も一苦労ですし、その粒度や利活用にも課題がありました。

それらを改善するため、グローバル企業として必要な情報を収集、活用し、弊社グループ全体のガバナンスや業績改善をサポートするための仕組みが、グローバルデジタルプラットフォームになります。自社のみではシステムアーキテクチャーの検討やそのために必要な情報収集が困難なため、IBMさんとの共創によって取り組みを進めています。

IT組織の刷新については、いつまでもIBMさんに頼り切りではいけないということで、IT人材の育成と組織体制の構築を進め、将来的には自走できるチームにしたいと考えています。今は先述したように、IBMさんにDX推進の主要ポジションへ出向いただくとともに、自社にいないIT人材を補っていただいてもいます。

三田 そのような共創を通じ、IT知識やシステム構築で考慮すべき業務上の要件、インフラ関係の知識など、自社だけではクリアできないさまざまな要素を埋めていただきながら、プロジェクトを漏れなく進められています。

その結果、2022年3月の業績改善分科会の終了後、物流チームが推進していたWMS導入プロジェクトは、担当部署が引き継ぎ、牽引する形でDXを進めていく体制にすることができました。

DX推進によって、社員の間に生まれた「失敗を恐れない」マインド

北原氏

——お話を伺っていると、DXとともに特に人材育成に力を入れている印象です。

北原 はい。弊社は市場の特性上、長年にわたって業態が変わっておらず、同じような事業ポートフォリオで、幸いにして安定的な成長を遂げてきました。しかしその一方で、新たなことに挑戦するチャレンジ・スピリットが徐々に薄れていき、近年の大きな課題でもあったわけです。そのため、分科会の人材育成方針では、スキルアップと共にマインドの変化も重視しています。分科会が設立された背景には、人材育成のためには「修羅場」の経験が必要だという社長の信念があったと思います。

そのため、分科会の立ち上げに際して、社長およびマネジメント層から提示されたのは、先述した目的とルールのみでした。ボトムアップの活動という弊社において初となる試みも相まって、当初は何を進めるにも喧々諤々の状況でした。IBMさんとの共創を通じて、弊社社員も少しずつ仕事の進め方やマインドが変わっていき、一歩でも前に進めば必ず次の展開につながることが不安の中から少しずつ見えてきたことは、大きな進歩だと思います。

これまでつながりのなかった部署の人や外部パートナーでも、腹を割って討議を重ねていくと、自分が思っていた以上の結果に繋がっていく。そうした経験を重ねる度に、失敗を過度に恐れるマインドが分科会のメンバーの中で小さくなり、「失敗してもそこからの学びを次に生かすことができれば、それは失敗ではない」という実感が広がっていきました。経営層も、人材育成の土壌として分科会に期待を寄せているようです。

——業績改善分科会から全社員に変革の輪が広がっていくイメージですね。DXはまだまだ続いていくと思いますが、現時点での感想や展望をお聞かせください。

三田 分科会は、社長および経営層の全面的なバックアップ体制のもとに設立されましたが、実務に関してはトップダウンにせず、ボトムアップで社員に「修羅場」を経験させたことに、大きな意味があったと感じています。

北原 修羅場という意味では、当初は分科会に対して否定的だったり無関心だったりする社員も多く、分科会の若手社員が落ち込むことも多々ありました。しかし、否定的な意見と向き合ってきたからこそ、より意味のある変革や意識の変化につながっているはずです。

伊藤 最近の社内アンケートによると、DXによる変化を「楽しみにしている、ワクワクしている」と答える社員も多く、私自身も、変化を前向きにとらえる人が少しずつ増えてきていることを感じています。

社内アンケート結果の図

出典:関西ペイント(社内アンケートをもとに作成)

笠松 これから分科会は第2期、第3期と続き、第2期では基幹システムの導入を進めたいと考えています。30年も前の業務に沿って作られたシステムがまだ生きているので、抜本的な変革が必要でしょう。

弊社のDXは、DX Readyな状態にするために、これまでの遅れを取り戻している段階だと言えます。ただし、これから続く更なるデジタル化と構造改革によって総合力を高め、いつかはIBMさんと対等な立場で新しいビジネスに挑戦できたらと思います。周辺業界も含めた課題を解決するようなソリューションによって業界を盛り上げる。そんな共創ができれば嬉しいですね。