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保険業界のデジタル変革を実現するために鍵を握る、3つのパラダイムシフト

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曽和信子

曽和信子
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
金融・郵政グループサービス事業部
保険・郵政サービス部担当

グローバル・ビジネス・サービス事業本部 執行役員、COSMOSアドバイザー。1985年システムズエンジニア職で入社。一貫して金融システムの構築プロジェクトに携わる。難易度の高いコンプレックス・プロジェクトのプロジェクトマネージャーとして多くのプロジェクトの成功に貢献。2019年より現職。3人の大学生の母であり“~Enjoy your work & life~ 仕事をする人生を楽しもう”を掲げ、女性技術者コミュニティOSMOSのアドバイザーとして、多くの女性技術者をサポートしている。

保険は世の中を映す鏡であり、社会や人の動きに連動すると言われる。日本の人口構造や経済の変化や自然災害の増加、そしてコロナ禍にさらされる中で、保険会社は変革が求められパラダイムシフトが始まっている。

保険業界のパラダイムシフトを実現する鍵となるデジタル変革(DX)の推進について、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)は1937年の創業以来、保険業界において多くのITシステムの設計から構築、保守・運用において、蓄積された経験とスキルを活かして支援している。

IBM執行役員の曽和信子が、急激に変わりつつある保険業界を取り巻く状況と、保険業界のDXについて、鍵を握る3つのパラダイムシフトと、次世代アーキテクチャーをキーワードに語る。

保険業界を取り巻くリスクの高まり

曽和信子

――保険に関する最近の社会の情勢や課題など、注視されている動向についてお聞かせください。

曽和 人口減少や少子高齢化、社会保障費の増大などの課題がある日本の保険市場は新たな局面を迎えています。特に次代の担い手である若者の未婚率は増加傾向にあり、自動車も住宅も所有しない人が少なくありません。それに伴い、保険との接点が減少、保険に加入するきっかけが失われる傾向が強まっています。

その一方で、誰かが「いいね」を押したものを積極的にキャッチアップする行動パターンも目立っています。こうした若者層にどのようにアプローチして新規の顧客とするかについて、各保険会社では営業担当職員や募集人への教育をはじめとして真剣な取り組みが進められています。

こうした状況に加えて自然災害が続き、保険業界を取り巻くリスクは高まっています。そこに追い打ちをかけるように発生したのが、新型コロナウィルス感染症のパンデミックでした。リスクはより大きなものになりました。

――このような厳しい環境に対して、保険業界ではどのように対応しようとしているのでしょうか。

曽和 保険業界のお客様に接する中で、保険業界が変わってきていると感じることが増えています。保険会社はビジネス拡大のため、これまでも対面だけでなく非対面チャネルの強化や、事務処理の自動化や効率化などに取り組んできました。そのような中で、コロナ禍などによりリスクが増大し、変化を加速しなければならない状況に直面されています。

今回のパンデミックは、保険に入るきっかけを失いつつある私たち日本人にとって、健康、命、安全の大切さといったことや、リスクを回避して自らや自らの家族を守ることなどについて考え、保険の必要性をあらためて認識する契機にもなりました。保険会社には健康や安全・安心を守るという社会的な役割があります。生命保険は人の命を守り、損害保険はリスクを回避して経済を守る働きをしています。保険会社は環境やニーズの変化に応じ、これまでにはない新しいサービスや商品を提供して応えることが問われているのです。

保険業界に求められる3つのパラダイムシフトとは

曽和信子

――こうした転換点に保険業界が対応していくためには、パラダイムシフトが必要だという声が大きくなっています。どのようなパラダイムシフトが求められているのでしょう。

曽和 保険会社を取り巻く環境の変化を踏まえ、私たちは3つのパラダイムシフトが必要だと提言させていただいています。その保険会社に提言しているパラダイムシフトが、「リスク軽減のプロフェッショナルになる」「サービス型の保険事業者になる」「ベストアドバイザーになる」の3つです。

旧来、契約者にとって保険会社とは、保険金を請求するときに初めて、その存在や価値を認識するものでした。今までの保険事業は、顕在化したリスクに応じて受動的に保険金や給付金をお支払いするものだったのです。

それに対して「リスク軽減のプロフェッショナル」とは、契約者の疾病や損害のリスクをより積極的に軽減することを目指しています。リスクが発生してから引き受けるのではなく、事前にリスクを軽減するプロフェッショナルとなられることをご支援したいと考えています。

「サービス型の保険事業者」は、顧客の疾病や損害などのリスクポイントを事前に見越して、生命保険なら「保障」を、損害保険なら「補償」を、それぞれ的確に提供できる事業を意味します。

最近の保険会社では、契約者ではなく顧客と呼ぼうという動きが活発になってきています。顧客とは「個客」でもあり、保険会社には一人ひとりの顧客に合わせたアドバイスができ、信頼されるアドバイザーになってもらいたいと考えています。顧客のクオリティ・オブ・ライフを実現し、その期待に応えるパートナーになることが必要です。

DXの鍵となる「つなぐ」「まもる」「いかす」

DXの鍵となる「つなぐ」「まもる」「いかす」

 

――3つのパラダイムシフトの背景には、デジタル化の進展によって多種多様なデータが集まってきていることがあります。デジタル変革、DXを進めるうえで、鍵を握るポイントについて教えてください。

曽和 パラダイムシフトを実現するDXの鍵として、「つなぐ」「まもる」「いかす」の3つのキーワードがあると考えています。

「つなぐ」とは、保険に関する人やもの、企業やプラットフォームなど、リスクが存在する可能性のあるすべてのものを、デジタル最先端技術でつないでいくことです。IoTや5G、APIなどのつなぐ技術を活用することが重要と考えています。

保険会社には長期にわたって利用してきた基幹システムがあり、その中には重要な資産である顧客や契約などに関するデータが蓄積されています。「まもる」とは、そのデータや情報を守ることであり、そのために高度なセキュリティー対策を施すことも非常に重要と捉えています。「まもる」ことがきちんとできることによって、逆にビジネスとしての「攻め」にも転じることができるはずです。

そして、「いかす」とは、「つなぐ」ことによって得た新たなデータを、リスク対策として活かすことです。データは得るだけでなく、新しいビジネス・収益の源泉としていかに活かすかが重要です。

この3つのキーワードを念頭にデジタル化を推進し、パラダイムシフトを実現するに当たっては、基盤となる企業の風土も時代に応じて変革することが重要です。デジタル変革とは、ITの技術だけでなく、DXの活動を通じて企業そのものが成長という変革を遂げることも大切だと考えています。

――「デジタル化やDXの表層だけを見てはいけない」と主張されていますね。

曽和 「DXが目的になってはいけない」という声が、私たちのようにITに携わっている者だけでなく、社会の多くのリーダーから出てきているのは本当に嬉しいことです。私たちはお客様に技術の提案だけ行うのではなく、ビジネスの成長を実現し、それによって企業の成長、企業文化の改善や向上につなげるパートナーでありたいと願っています。

次世代アーキテクチャーが支えるDXの基盤

次世代アーキテクチャーが支えるDXの基盤

 

――DXを実現するためには求められるIT基盤はどのようなものでしょうか。

曽和 デジタル変革を推進するためには、一貫性と整合性のあるお客様の企業戦略、それを支えるシステム全体のデザイン力、そして、総合的な技術力が必要です。

2018年9月に、経済産業省が「DXレポート ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開」を発表したのと前後して、IBMでは保険業界を含む各業界の次世代アーキテクチャーを発表してきました。30年近くにわたって構築し、保守してきた基幹系システムを核に、さまざまな新たなチャネルをいかに柔軟に接続可能にしているかが、保険業界のアーキテクチャーの特徴です。

もう少し詳しくご説明すると、保険会社が持っている既存の基幹系業務を実装するシステム、具体的には契約や支払い、請求、収納などに、商品管理といったサービスに関する既存のシステムを最大限に活用して、さまざまな新たなチャネルにいかに柔軟に接続し、重要な資産であるデータをどのように配置するかという全体像を、このアーキテクチャーで描いています。

アーキテクチャーのコンセプトそのものが「つなぐ」「まもる」「いかす」となっています。また、保険会社が求める新たなビジネスモデルにも連動することを意識しています。

コロナ禍を経て、新しい日常、ニューノーマルへの対応が求められるようになり、これまでは対面チャネルが中心だった顧客接点に対して、新たな接点を実現する必要が生まれました。次世代アーキテクチャーはニューノーマルへの対応も含めたプラットフォームにもなると、お客様から評価を得ています。

経済産業省のDXレポートが発表された2018年に、私たちは先んじて次世代保険アーキテクチャーを発表・提案し、それをベースに既存のシステムを活かしながら新たなシステムを構築していることを誇りに思っております。お客様や社会の変化、技術の進展に応じて見直し続けています。サステナビリティへの取組み、量子コンピューターの実践的な活用などを、今後も発信していきますのでご期待ください。

――先んじていたのは保険業界に対してだけだったのでしょうか。

曽和 保険業界だけでなく、すべての業界に対して、私たちは全体のアーキテクチャーを描いています。そのうえで個別の業界の特性をきちんと反映した形で、DXを進めるためのアーキテクチャーを描いています。

これは、保険業界だけでなく、業界を超えて異業種とつながるための基盤にもなると考えています。保険とつながりが深い自動車やヘルスケアなどの業界をつなぎ、より人々のクオリティー・オブ・ライフ(QoL)を高めていくための実装を進めています。

たとえばヘルスケア関連の企業と連携して、顧客のスマートウォッチなどのデバイスから得た健康に関するデータをもとに、健康増進のためのアドバイスを行ったり、保険料を変動させたりするサービが始まっています。また、保険と医療との連携では、個人情報を守ったうえで保険と健康のデータと活用して、リスク管理の高度化を図ったり、新しい商品やサービスに活かしたりといったことが計画されています。

損害保険の分野では、ドライブレコーダーのデータを事故の審査に利用したり、スマートフォンのアプリを通じて運転診断を提供、保険料に反映させたりといったことが実現しています。今後は流通や旅行やレジャーなどの業界とつながることで新しいサービスを創出したり、公共機関と連携してバリューチェーンを構築したりするなどの取り組みができるのではないかと期待しています。日本の外でも同じような流れは起こっています。海外のチームとも連携をしながら、欧米の事例をはじめとする情報連携をさせていただいています。

このようなつながりを進める中で、特に重要なのがセキュリティーの確保です。次世代アーキテクチャーは、セキュリティーをいかに守るかを重視したデザインになっています。データや情報はお客様の重要な資産と認識し、IBM全体で長年にわたってセキュリティーの向上に取り組んでいます。

保険業界に先んじてIBM自身の変革を推進

保険業界に先んじてIBM自身の変革を推進

 

――保険業界の今後の変革に向けて、どのような未来予想図を描き、どういった役割を担っていきたいとお考えですか。

曽和 DXを推進するうえで重要なのは人材です。IBMは、お客様の変革をともに作る共創のパートナーとして長期的な関係を構築し、デジタル人材の育成の支援も行っています。これは「デジタル変革パートナーシップ包括サービス」という実践型のサービスとして提供しています。お客様の将来の成長に向け、既存システムの保守運用だけでなく、新たなデジタルの実装や運用からデータの活用まで、デジタル人材の育成も含めて支援することができます。

もう一つ大切な点は、保険会社に変革を求めるだけでなく、パートナーである私たち自身が先んじて変革することです。そこで、コロナ禍をきっかけに重要な施策として事業本部全体で取り組み始めたのが「Dynamic Delivery」です。リモートワークなどの柔軟な働き方の実現を目的としたもので、3つのコンセプトを設けています。

まず大切にしたいのが「人に依存しないで、スキルに依存する」ということ。特定の個人の技量や経験に頼らないということです。「個別最適化ではなく、標準最適化」を推進します。そして、「人の手から自動化へ」です。このコンセプトを実現することで、より柔軟で効率的な開発運用を実現しようとしています。

今まではお客様のもとに私たちの担当者が出かけ、その担当者でなければできない仕事、その場所でなければできない仕事をしてきました。しかし、コロナ禍をきっかけに、私たち自身が人や場所にとらわれない柔軟な働き方を実現することで、新しい働き方を示すことができると考えています。また、それが働く人を幸せにする働き方改革の一つの方法になると考え、Dynamic Deliveryを推進しています。

この取り組みをIBMの中だけでなく、お客様やビジネスパートナーとも連携し、オープンなコミュニティ活動に近い形で展開していきたいと考えています。現在、少しずつ取り組み事例を増やしているところです。

――IBMが目指す姿とは、どのようなものになるのでしょうか。

曽和 私たちが目指しているのは、お客様のDXを「つなぐ」「まもる」「いかす」をキーワードにご支援し、実現していくことです。私たちの技術はもちろん、他社も含めたあらゆる技術を組み合わせて臨みます。それをできるのがIBMの強みです。

保険業界はその商品・サービスの特性上、“変わる価値”と“変わらない価値”の共創が欠かせないのではないかと考えております。新技術を活用した商品・サービス開発に挑みつづける一方で、お客様に安心・安全を提供するという重要な社会的役割を担っています。その価値の共創に、IBMも共に取り組ませていただきます。

*本対談の取材と撮影については、新型コロナウイルスの拡大防止に最大限配慮して行いました