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ひろぎんHDと千葉銀行のDXから示唆を得たデータ利活用プラットフォーム

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大江 拓真 氏

大江 拓真 氏
株式会社ひろぎんホールディングス
デジタルイノベーション部 デジタル戦略室 兼
株式会社広島銀行 総合企画部 企画室
DX戦略・データ利活用統括担当調査役

2001年広島銀行入行。2カ店の支店勤務ののち、IT統括部、総合企画部などを歴任。
現在、ひろぎんグループのDX戦略企画を担当。

 

前田 大介 氏

前田 大介 氏
株式会社千葉銀行
営業企画部
情報戦略室 室長
 

1998年入行。支店勤務10年、本部企画部門9年、IT部門5年を経て、2022年4月情報戦略室長。
データを活用した営業戦略を推進。

 

井上 大輔

井上 大輔
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
金融DXビジネス
理事・パートナー

メガバンクやネット銀行で経営企画、営業企画、商品開発領域の責任者として20年以上のキャリアを持つ。IBM入社後は、金融DXを推進するソリューションを企画・推進。

 

銀行がDXを推進する上で、新たなビジネス価値を提供していくためにはデータの利活用が不可欠です。しかし、データの所在が分散していたり、利用できる形になっていないなど、多くの課題が立ちはだかります。地方銀行のリーダー的存在であるひろぎんホールディングスと千葉銀行は、以前からDXに積極的に取り組み、データの利活用を実践しています。日本IBMは先駆的に取り組んでいる両社から意見や要望を聞きつつ、銀行が抱える課題を包括的に解決できるプラットフォームを準備しています。地方銀行がデータの利活用を進めるにあたり、どんな課題があり、また解決策としてどのようなことが考えられるのでしょうか――。ひろぎんホールディングスの大江拓真氏と千葉銀行の前田大介氏、そして日本IBMの井上大輔が語り合いました。

 
 

データ利活用の高度化を原動力に「地域総合サービスグループ」を目指すひろぎんグループ

大江氏 インタビューカット

 
広島銀行を中心としたひろぎんグループでは、データ利活用の高度化をあらゆる戦略を実現するためのコア原動力として位置づけてきました。2021年1月からは日本IBMとデータ利活用の高度化と内製化にゼロから取り組み、データサイエンティストを内部で育成し、同年4月からは実際に複数の案件でAIモデルを構築して、運用を開始しています。そこではIBMのクラウド型のデータ分析プラットフォーム「IBM Cloud Pak for Data」も利用しています。
2022年3月からはさらに取り組みを進め、IBMとともにデータ利活用プラットフォームの検討プロジェクトを開始し、現在ではデータ連携ビジネスへの参入も視野に入れた幅広い検討を行っています。
 
同グループのDXをリードしてきた株式会社ひろぎんホールディングス デジタルイノベーション部デジタル戦略室の大江拓真氏は同社グループがデータ連携ビジネスを検討する理由を大きく3つ挙げます。 (1)地銀のリソースの限界、 (2)新たなビジネスモデルの模索、そして (3)グループ内でのデータの共同利用による地域総合サービスグループの実現です。

「地銀が独自に経営資源を投入してデータ分析に注力しても、リソースやノウハウ、データ量などまだまだハードルが高いのが現状です。そもそも本業は違う領域ですから、適性人材が不足しているのは仕方ありません。だからこそ非競争領域を中心として地銀間でのデータ連携を考えていく必要があるのではないでしょうか」(大江氏)
 
(2)の新たなビジネスモデルについて、大江氏は「今後、間違いなく主要なビジネスモデルの一つがデータ・ビジネスになるでしょう」と話します。単に社内のデータをマーケティングに活用するだけでなく、直接的な収益源となることを想定しています。
 
(3)についてはグループ内のデータ共同利用への布石となるものです。非金融を含めてさまざまな事業会社が銀行を中心としてグループ化されるケースが増えている中で、同グループが標榜しているのが「地域総合サービスグループ」になることです。
「ひろぎんグループはその先駆けとして、地元の取引先にさまざまなコンサルティング・サービスを一気通貫で提供しようとしています。実現に向けて肝となるのがグループ内でのデータ共同利用です」と大江氏。同グループでは多様な角度から検討を進めています。

 

ひろぎんグループが「データ連携ビジネス」を検討する理由出典:株式会社ひろぎんホールディングス

 
 

One to Oneマーケティング実践に向けた環境整備を進める千葉銀行

 

前田氏 インタビューカット

 
株式会社千葉銀行もDXに積極的に取り組んできました。2020年4月にスタートした中期経営計画に「カスタマー・エクスペリエンスの向上」を掲げ、そのコアとしてDX戦略を位置づけると同時に情報戦略室を新設しています。また、グループ会社内に地元の商品を中心としたECサイトを運営する「ちばぎん商店株式会社」という地域商社も立ち上げました。
 
情報戦略室長の前田大介氏は「お客様体験の向上にはデータ活用が必要です。お客様に利便性を感じていただき、千葉銀行の商品・サービスを一つでも多くご利用いただくことで、最終的に一人あたりの収益を最大化することを目指しています」と語ります。
 
情報戦略室では2つのミッションを持っています。一つがデータの一元化です。既存データベースをレベルアップするとともに継続したデータ拡充に取り組んできました。
もう一つがデータを検索できる環境を整備することです。「いつでも誰でも必要なデータを使えるように検索ツールを導入し、最近では営業店担当者もデータを検索できるようになっています」と前田氏。データの更新頻度を増やしたり、データ収集対象をサブシステムまで広げるなど、情報活用の高度化を図っています。
 
千葉銀行が目指しているのはOne to Oneマーケティングの実践であり、そのための環境整備です。プロダクトアウトからマーケットインに転換し、サービス提供の形を変えていくことが狙いです。背景には、定期的なコンタクトがとれていない顧客層が多いことがあります。
「口座が稼働している約300万人のお客様のうち、営業店が担当するお客様として対応しているのはごく一部です。現状多くのお客様と定期的にコンタクトできていないと考えています」(前田氏)。
 
一方、顧客にはさまざまなライフイベントがあり、そこでは資金運用や調達ニーズが高まるなど取引が広がる可能性があります。前田氏は「そのためにカスタマー・ジャーニーに目を向けてタッチポイントを作っていくことが重要」と語ります。
実際に同行では給与の振込やATMの利用履歴から折衝タイミングを抽出したり、テキストベースのCRMの交渉履歴を検索して顧客ニーズを発掘したりするなど、過去の成約実績を分析して類似した顧客を発掘する活動に取り組んでいます。
 

千葉銀行のDX戦略全体像出典:株式会社千葉銀行

 
 

データ、スキル、ツール、運用など、データ利活用を阻む課題は山積している

データの利活用を推進してきたひろぎんグループと千葉銀行ですが、実践を通して課題も浮上してきています。中には共通する課題もあるようです。
 

大江氏は、データ連携ビジネスの一般的な課題と解決策を提言としてまとめています。
まず、データ連携ビジネスの一般的な課題として「何をすればよいのかわからない」「分析リソースやスキルがない」「データが未整備である」「分析システムがない」「どういうツールを導入すればよいかわからない」といった点を挙げます。
 

それらに対する解決策として大江氏は、データ連携プラットフォーム側でベストプラクティスを提供する、あるいは参加各社による共創の場を提供することを示します。例えば分析リソースは、プラットフォーム側で調達しておいて、必要に応じて外部委託できるようにすること。分析用のデータベース基盤ならびにDB構築の方法論やルールなどもフレームワークとして提供し、ユーザー同士で改善を図り、業界最高水準の知見として共有していくこと。また、クラウドサービスをサブスクで利用可能にすることも重要だと強調します。
 

一方、「どう経営を納得させればよいかわからない」「法制度対応、コンプライアンス、ガバナンス管理への対応」等のシステム面以外の課題もあります。前者に対しては、スモールスタートしやすくすること、後者については参加ユーザー同士で共同検討をしていく、あるいはプラットフォームの運営側のリスクとしてソリューションに組み込んで提供することなどを大江氏は挙げます。
 

さらに、「データ構造やインターフェースなどの規格・フォーマット」はあらかじめ標準的なフォーマットを定めておくこと。データ連携プラットフォームに対して「その時々で求めるものが各社で異なる」、「参加する金融機関の規模やスキルレベル、モチベーションの違いによる不公平感」などの課題に対しては、多様なニーズに応えるソリューションを備えつつ、それぞれの貢献度やコストに応じて相応のメリットが得られるような仕組みをデータ連携プラットフォーム側でつくるという解決策が考えられるといいます。
大江氏は、「こうしたニーズすべてに応えられるビジネスモデルでないと、いくらシステムだけ作っても、使われない可能性が高い」と注意を促します。
 

前田氏は、打開すべき3つの要素として「システム」「運用」「組織と人材」を指摘します。
システム面で課題となるのは外部データの活用とそれに適したアーキテクチャーの採用です。「地域商社などさらなる事業領域の拡大には外部のデータも使う必要があります。社内外のデータの連携にはクラウド化を含めてどういうアーキテクチャーが最適なのかを考えなければなりません」
 

またデータ分析を成果に結びつけるには運用が重要です。「他の銀行のナレッジも活用しながらPDCAサイクルをきちんと回し、個別に効果を検証しながら次に活かしていく運用を確立する必要があります」(前田氏)
 

そして組織と人材という面で課題になるのが、ビジネスサイドとシステムサイドの橋渡し役の育成と全社的なITリテラシーの向上です。「専門人材の確保は喫緊の課題ですが、現場の人材の育成も施策のスピードアップには必要です」と前田氏は話します。
 

SaaS型の共通プラットフォームでデータ利活用のハードルを下げる

 

IBM 井上 インタビューカット

 
こうしたデータ利活用の課題を解消すべく、日本IBMがひろぎんグループと千葉銀行と共に実証実験に取り組んでいるのがDUP(Data Utilization Platform)です。IBMコンサルティング事業本部 金融DXビジネス 理事・パートナーの井上大輔氏は「地銀の課題に対応するとともに、参加ユーザーのコミュニティーを形成して、一気通貫でブレークスルーするデータ利活用のプラットフォームです」と話します。
 

具体的にはデータの連携、加工、蓄積、そしてモデル実行、結果確認という機能を一つのプラットフォーム上で提供し、所定のデータをクラウド上にアップすれば、ベストプラクティスのモデルが実行され、分析結果をアウトプットします。目指しているのはデータ利活用全体の自動化です。
 

コアとなっているのはSaaS型のIBM Cloud Pak for Dataです。IBMのデータ系ソリューションをパッケージ化したもので、データ連携からモデルの実行まですべてをカバーします。その上に地銀として必要なマーケティングのプラクティスを提供していきます。ユーザーはデータを入れるだけで、結果を得られるのです。
 

さらに、DUPには企業間における情報連携のカギを握るAIの技法「フェデレーテッド・ラーニング(連合学習)」をはじめ、より高度なデータ活用を支援するテクノロジーも組み込まれており、データ利活用の初級者から上級者まで多様なニーズに応えることができます。
 

Data Utilization Platform (DUP) の図出典:日本アイ・ビー・エム株式会社

 
「DXの先駆者であるひろぎんグループと千葉銀行のノウハウやご意見には、多くの示唆がありました。日本IBMはDUPを2023年の早い時期に投入します。このプラットフォームを多くの地銀に使ってもらい、コミュニティー組織まで立ち上げて、同じ悩みを交換しながらデータ利活用に取り組んでいただきたいと考えています」と井上氏は話します。
 

先進的な取り組みを進める金融機関のチャレンジと知見、そこから示唆を得たデータ利活用プラットフォーム。その掛け合わせの先でブレークスルーが起きることが期待されます。