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Smarter Business

デジタルマーケティングを変える「三本の矢」――Watson Marketing

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文:安田博勇

マーケティングの分野に「デジタルマーケティング」という言葉が生まれて久しいが、企業のマーケター(マーケティング戦略立案者)は今、さまざまな課題に直面している。IT専門調査会社IDCのGerry Murray氏は自身が著したレポートの中で、2020年までには企業の50%が、マーケティングおよびセールスに何らかの形でコグニティブテクノロジーを取り入れているだろうと予測している。本稿では、マーケターが抱える課題を整理するとともに、IBMのコグニティブ技術を用いた「Watson Marketing」がもたらす3つの側面における効果を、「三本の矢」になぞらえて考えてみよう。

 

デジタルマーケティングの問題を可視化する

デジタルマーケティングとは、デジタルタッチポイントを通じて自社の製品やサービスのプロモーションを行うことだ。インターネットはもちろん、メール、SNS、スマホアプリ、デジタルサイネージなど、企業(またはECサイト)と顧客の接点は、実に多種多様だ。

しかし、企業がデジタルマーケティングを導入したことで、マーケターは自社オンラインストアの顧客の閲覧状況など膨大な情報を処理しなければいけなくなった。他にも、プロモーションやキャンペーンごとにターゲットとなる想定顧客リストをより細かく作成したり、社内に分散するデータベースから情報を引っ張ってきたり……。

このような事態を整理すると、次のような課題が挙げられる。

1.生産性を向上させるプラットフォームが未整備
企業の取り扱う情報量が増えると、社内には膨大なデータが生成される。それらのデータが社内の複数のシステムに分散している状況では、データを使用用途に合わせて統合するのが一苦労で、ターゲットの分析や訴求方法の考案など、本来時間を割くべき業務に十分な時間を充てられない。複数のシステムを連携する「情報基盤」(プラットフォーム)を整備し、マーケターの業務負荷を軽減することは喫緊の課題だ。

2.有効な一手につながる顧客理解が不十分
顧客が購買に至るまでの軌跡(カスタマー・ジャーニー)が重要性を増す今日、ECサイトや店舗での購買履歴だけで顧客を分析しても、的確な“次なる一手”は打てない。さまざまなタッチポイントにおける顧客の行動を把握し、個々人の文脈に応じてパーソナライズされたコンテンツやメッセージを発信できるかが重要になるが、それを人の手で常に実施するには限界がある。

3.顧客体験の「質」の維持が困難
たとえば、「旅行」がコンテンツとして表示されているWebサイトに「ホテルの広告」が表示されているとする。これは、パブリッシャーとアドバタイザーの関係性を表してはいるが、そのWebサイトを訪れた顧客の意図をリアルタイムに汲んだものではない。その顧客のリアルタイムな状況や行動に沿って提供する顧客体験の方が、プラットフォーム(この場合はWebサイト)との整合性よりも重要である場合もある。
 

マーケティングにもコグニティブ時代が到来

こうした課題の解決に役立つのが、IBM独自の“コグニティブ技術”により、さまざまな領域で新たな価値を創造しているIBM Watson(以下Watson)だ。このWatsonをマーケティング分野に応用した「Watson Marketing」で、一体何が実現できるのか、順を追って解説する。

前述したIT専門調査会社IDCのレポート(IDC PlanScape:Cognitive Marketing ─ The Next Wave of Transformation in Customer Engagement)のなかで、筆者のGerry Murray氏は「Top 10 Applications for Cognitive Marketing」を定義している。そしてこれらのアプリは、「①新しい顧客体験」「②より高度な分析」「③マーケティング業務の効率化」の3つの側面においてマーケティング活動に効果を発揮すると考えられる。
 

3つの側面でデジタルマーケティングを支援

まず1つ目は「①新しい顧客体験」について。例として、「Chatbots(チャットボット)」「Virtual sales rep(バーチャルセールス担当者、メールアバター)」「Recommendation engines(レコメンデーションエンジン)」といったアプリケーションがあがっている。

例えば、ECサイトでのレコメンデーションにおいて、「自然言語によるテキスト・音声・画像の認識」と「対話による理解促進」の機能を活用することで、顧客1人ひとりと対話し、より文脈に沿った形でのインタラクションが実現できる。Watson Marketingの事例をひとつ紹介しよう。アメリカのアウトドアブランド「The North Face」のECサイトでは、Watson APIを搭載したオンライン型デジタル店員「Expert Personal Shopper」がデビュー。顧客の好みの色や欲しい機能、さらには使用する場所から商品を絞り込んで提案するなどして、新たなショッピング体験を提供している。

「The North Face」ECサイトの画面

入力情報をもとにリコメンドが表示される「The North Face」のECサイト

2つ目は「より高度な分析」について。「Real-time sentiment analysis(リアルタイムセンチメント分析)」「Live event monetization(ライブイベントの収益化)」「Micro-segmentation(マイクロセグメンテーション)」「Buyer journey visualization(バイヤージャーニー可視化)」「Attribution analysis(アトリビューション分析)」などがアプリケーションの例としてあがっている。

Watson Marketingの事例として、Watson APIのひとつである「Personality Insights」を紹介したい。これは、言語学的分析とパーソナリティ分析を応用したAPIで、利用者の性格の特性(協調性、誠実性、知的好奇心、外交心、情緒安定性など)を推測できる。あるキャンペーンの実証実験では、テレビCMに接触する人々のSNS上の発信や投稿などをリアルタイムで分析。そこで抽出した受け手のパーソナリティを踏まえ、さらに有効な訴求の仕方や配信内容を導き出し、見込み客の創出につなげる試みがなされている。

3つ目は「マーケティング業務の効率化」について。ここでは「Media mix optimization(メディアミックスの最適化)」と「Planning/budgeting(プランニング・予算配分)」の2つのアプリケーションが、経営を圧迫しないデジタルマーケティングの実現に大きく寄与するだろう。

IBMのECサイト構築ソリューションである「WebSphere Commerce」はWatson API「Watson Analytics」との連携により、自然言語の対話で得られたデータから顧客の購買にかかる“背景”や“原因”となる候補を抽出できるので、通常より早いサイクルで新たな対策を講じられる。加えて先の2つのアプリケーションが、さまざまな広告チャネルのパフォーマンスを測定し、新たな投資配分の決定をサポートすることでマーケティング業務を効率的に遂行できる仕組みだ。
 

これからのマーケターに必携のスキルセット

ここで重要な点は、Watson Marketingの実践には、Watsonに学習させる「適切なデータ」がきちんと整備されている必要があるということだ。前述の課題のひとつである、「生産性を向上させるプラットフォームが未整備である」という課題への解決策は、デジタルマーケティングへの取り組みそのものでもある。コグニティブマーケティングは、デジタルマーケティングの延長にあるといっても過言ではない。

今この時も絶え間なく生成されるデータを、新たな顧客体験やビジネスチャンスに昇華させる「Watson Marketing」。これからの時代のマーケター必携の武器についてさらに詳しく知りたい方は、ぜひ下記をご覧いただきたい。

photo:Getty Images