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Smarter Business

生成AI時代に日本の製造業CEOが取り組むべき6つの課題とは【前編】

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アンソニー・マーシャル(Anthony Marshall)

アンソニー・マーシャル(Anthony Marshall)
IBMコーポレーション
IBM Institute for Business Value
シニア・リサーチ・ディレクター
ソート・リーダーシップ

コンサルティング、リサーチ、分析の分野で20年以上の経験を有し、米国をはじめ世界の銀行に対し、幅広くコンサルティング業務を行ってきた。イノベーション管理、デジタル戦略、トランスフォーメーション、組織文化醸成の分野で、数多くのトップ企業を支援した実績を持つ。

 

カースティン・パーマー(Kirsten Palmer)

カースティン・パーマー(Kirsten Palmer)
IBMコーポレーション
IBM Institute for Business Value
グローバル・パフォーマンス・データおよびベンチマーキング担当ディレクター

パフォーマンス評価および管理の専門家として、パフォーマンス・データの活用やベンチマーキング機能の強化を世界中の組織に対し支援している。20年以上にわたり、戦略、オペレーション、バックオフィス・プロセスの分野で活躍。ビジネス・パフォーマンスの評価や、行動指向の洞察を提供するための一次および二次調査を企画、 設計、実行した経験を有する。

 

齋地 禎昭

齋地 禎昭
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMテクノロジー、オートモーティブ・テクノロジー・セールス担当バイス・プレジデント

日本IBMにおける自動車業界のインダストリー・リーダー。30年以上にわたりIBMの製品、サービスのセールスとして、製造業・自動車業界のお客様にソリューションを提供してきた。またお客様のトップマネージメントや現場の皆様と広く交流し、新しい価値の共創を実現している。

 

鈴木 のり子

鈴木 のり子
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBV自動車・エレクトロニクス・エネルギー部門リーダー

IBM Institute for Business Value の自動車業界のグローバル・リサーチ・リーダー。IBM の業界におけるオピニオン・リーダーシップのコンテンツ策定と、戦略的なビジネス・インサイトの提言に責任を持つ。20 年以上にわたり、世界の自動車業界大手企業と、事業戦略やビジネス・モデル・イノベーションの分野で協業している。

2024年5月にIBMのシンクタンクであるIBM Institute for Business Value(以下、IBV)は最新の調査レポート「CEOスタディ2024―CEOに立ちはだかる6つの真実」を発表しました。生成AIの組織での活用が本格化する中で、世界の、そして日本の製造業のCEOは競争力を高めるためにどのような課題に取り組んでいくべきなのでしょうか。
レポートの発行を機に、制作に携わったIBV担当者を中心に座談会を行いました。グローバルの調査結果から特筆すべきポイントを紹介するとともに、日本の製造業に予想される影響などについて意見交換した内容を前・後編に分けてお伝えします。

IBVとソート・リーダーシップとは

鈴木 最初に、IBVがどのような組織なのかを簡単に紹介してください。

マーシャル IBVは、IBMコンサルティングの一部門として2002年に設立された調査機関です。ビジネス・リーダーの意思決定を支援するため、世界中の業界関係者やクライアント、研究者や専門家と共同で調査を実施。業界の専門家や学者の専門知識に裏付けられた戦略的洞察を「ソート・リーダーシップ※1(Thought leadership)」としてまとめてビジネス・リーダーの方々に提供しています。


※1 ソート・リーダーシップ:特定の分野や課題において、先進的なアイデアや解決策を提示し、その分野をリードしていく存在となることを指す。

調査テーマとしては、先端テクノロジーがビジネスに与える影響や、財務や人的資本等の機能別の調査、あるいは業界に関する調査、経営層(CxO)視点のレポートなどがあります。また、世界中の組織・企業と協業して、コンサルティング的な視点から、さまざまな課題を解決するための調査もしています。

経営層へのインタビューは通常一人あたり2、3時間かけて行います。多くの国や地域の人たちと時間をかけて会話することで、ソート・リーダーシップの考え方を高めてきました。それによりIBVは市場調査でも高い評価を得ています。

鈴木 IBVの中には、ベンチマーキング・プログラムもあります。これについても説明をお願いします。

パーマー IBVではベンチマーキングのサービスを20年以上にわたって提供しています。お客様がプロセス改革などを実施する際に、現状認識や同業他社との比較を行うことができます。ベンチマーキングやベスト・プラクティスにおける世界最先端の機関である「米国生産性品質協会(APQC)」のプロセス分類フレームワークに基づき、何千ものグローバル企業を対象にしたさまざまな評価を行っています。さらに、極めて大規模で多様なデータベースを所有し、4万2,000の組織のパフォーマンス・データはもちろん、10万社におよぶビジネスにおける洞察のデータも収集しています。

鈴木 私は製造業の分野でIBVの活動をしていますので、それについて紹介します。最近では、自動車業界におけるハイブリッドクラウドの適用領域やアプリケーションのレポート※2を出しています。コネクテッドカーのセキュリティー※3や、製造業での先端技術を活用するためのハイブリッドクラウドのレポート※4、サステナブル・モビリティーの観点から、電気自動車の調査※5もあります。また、自動車業界の経営層を対象に行っている「Automotive 20XX」シリーズ※6では、今後10年を見据えた業界課題を継続的に発信しています。
IBMが自動車業界に対してどのような活動をしているのか、齋地さんから紹介いただけますか。


※2 ハイブリッドクラウドでビジネスを加速する
※3 データ・ストーリー:コネクテッド・カー・セキュリティー
※4 次世代の製造オペレーションを支えるクラウド技術
※5 電気自動車(EV): 持続可能なモビリティー社会の実現を目指して
※6 2030年自動車業界の将来展望: デジタルの未来へ突き進め

齋地 IBMは、グローバルで自動車業界の多くのOEM会社と、あるいはサプライヤーとアプリケーション開発やシステム構築において、長年にわたって深い関係性を築いてきました。最近はクルマがEV化したこともあり、ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)に代表されるクルマのソフトウェア化、あるいはクルマへの半導体の共同開発などで、直接顧客の製品を支援するケースが増えています。

IBVとの関係については、「Automotive 20XX」のような業界の将来を展望する調査を、お客様とのコミュニケーションに役立てています。レポートが発行された際には、顧客企業の経営者の方々と、事前に回答いただいた内容とグローバルでの調査結果との差異などについて話し合い、顕著なギャップがあった場合には深掘り分析も行います。

現在から未来を予測するフォーキャストの話もしますが、実は未来のあるべき姿から現在を考えるバックキャストの視点も重要です。たとえば2020年になった際に、10年前に実施した調査結果に基づく将来展望がはたして当たっていたのかどうか。外れたならば、どのようなところがずれたのかを確認します。それにより、業界トレンドがどう変化し、顧客企業の考え方がどう変わったかを明らかにします。

生成AIがもたらす機会のパラドックス

鈴木 それでは、最新の「CEOスタディ 2024」について見ていきましょう。2004年版レポートのタイトルは「CEOに立ちはだかる6つの真実」で、サブタイトルが「勇気と信念を持って前へ進むには」となっています。6つの課題がどのようなプロセスで出てきたのか紹介してください。

マーシャル CEOスタディは2005年から定期的に実施しており、長期的なデータも見ながら、CEOの態度や考え方の変化を明らかにしてきました。最新の調査は30カ国以上、26業種の2,500人以上のCEOを対象に行い、日本企業からも多数のインプットをいただいています。

今回の調査の大きなテーマは、AI技術の急速な進展に際して「何がビジネス・チャンスになるのか、逆に不安材料は何か」という点です。CEOにとっての機会と不安の双方を確認した結果、6つの課題が導きだされました。

生成AIをビジネスで使うことで、製品やサービスにより深いイノベーションが起こると予想されます。それが機会創出につながり、今後の製品やサービスのポートフォリオにも有効なものが生まれると考えられます。

もう1つ明らかになったのが、ビジネス・モデルのイノベーションによるリスクです。これは生成AIがもたらすパラドックスのようなもので、CEOにとって生成AIは大きな投資チャンスであり、かつ不安要素でもあります。生成AIを活用すれば競合他社に対して優位に立てますが、逆に競合他社が極めて破壊的なイノベーションを起こすかもしれません。そこが大きなリスクにつながるというのがCEOの考えです。

鈴木 日本特有のトレンドはありますか。

マーシャル 日本では、生成AIによる生産性や成長性の向上が、他の地域よりも高く評価されています。日本のCEOは、生産性を高め、収益を向上させるために生成AIを非常に重要な手段と捉えているのです。

鈴木 このレポートは、2024年5月に米国ボストンで開かれたIBMのグローバル・イベント「Think」で発表されましたね。

パーマー Thinkでも多くの反響がありました。CEOスタディを発表したセッションではパネル・ディスカッションが行われましたが、テクノロジーが組織の変革を牽引していることは、皆に共通する意見でした。

鈴木 今回、日本語版が発表になりましたが、このレポートは日本の企業ではどのように受け止められそうですか。

齋地 グローバルと日本企業で、それほど大きな違いはない印象です。普段日本の製造業のお客様と数多く接している私にとっても、今回の調査の結果は納得できる内容です。

日本の製造業における、生成AIに対する顧客の期待や実際の活動は、現状では社内業務の生産性の向上にフォーカスが当てられています。まずそこで大きな成果を出そうとしているのです。もちろん会社により濃淡はありますが、企業のトップあるいはCxOの方々が号令をかけ、積極的に取り組んでいる姿が数多く見られます。

CEOに立ちはだかる6つの課題

鈴木 CEOスタディ 2024では、CEOが直面しなければならない課題として、以下の6つを示しています。ここからは少し詳しく見ていきたいと思います。

CEOに立ちはだかる6つの課題

  1. あなたのチームは、あなたが思っているほど強くはない(人材とスキル)
  2. 顧客が常に正しいとは限らない(イノベーション)
  3. パートナーの専門性が物足りない時「情」は弱みとなる(エコシステム・パートナーシップ)
  4. 良きスパーリング・パートナーが、最高のリーダーを作る(意思決定)
  5. 人は進歩を嫌う(ビジョンと組織文化)
  6. 技術的なショートカットはやがて行き詰まる(変革)

あなたのチームは、あなたが思っているほど強くはない

鈴木 まず「人」に関するテーマとして、人材とスキルの課題をCEOはどのように捉えているのでしょうか。

マーシャル 極めて大きな変化が、CEOの考えに起きています。生成AIをはじめとする新たなテクノロジーの登場により、従業員に対するリスキリングや再研修の必要性が高まっています。2021年の調査でCEOは「6%の従業員がリスキリングや再研修が必要」と考えていましたが、今回の調査では「35%」に上昇しています。

日本に6,800万人ほどの就業者がいることを考えると、再教育が必要な数が400万人程度から2,400万人ほどに増えるのです。2,000万人も増えれば、対応する業界にとっては大きな負担になるでしょう。これは日本だけではなく世界全体の課題です。

生成AIを上手く活用するためには、テクノロジーの性質を理解する必要があります。CEOの65%は、生成AIの成功は単なる技術の導入ではなく、新しい技術をどう使い、それを従業員がどう受け入れるかにかかっていると考えています。成功のためにはトレーニングと教育が極めて重要であり、テクノロジーを受け入れる組織態勢も必要だと思います。

鈴木 スキルの課題を、日本の製造業ではどのように捉えていますか。

齋地 日本では、生成AIを使いこなす人材を新たに採用することはそう簡単ではないようです。日本の経営者の多くは、既存の従業員の職を奪うことを好まず、社内での配置転換やリスキリングを考えているように感じます。かたや社員は、生成AIが自身の仕事を奪うと恐れたり抵抗したりはしていません。所属部門、あるいは自身の生産性向上の機会と見ており、生成AIを積極的に使うという考えが圧倒的に多いと見ています。

鈴木 日本の状況はとても興味深いですね、グローバルのお客様からはどのような声が出ていますか。

パーマー 日本以外の地域でも一貫して聞かれるのは、人材を新しい目で見なければならないということです。既存の評価軸で良いのか、スキル・ギャップがある場合、どのようなトレーニングが必要なのかを見る必要があります。「生成AIは人を代替するのではなく、使える人が使えない人を代替するケースがある」との見解があります。これは極めて重要なポイントです。だからこそ、生成AIに対応できる従業員に変えていくため、リスキリングや再トレーニングが必要になるのです。

鈴木 今のようなお話を、いろいろなお客様でお聞きします。ここまでは「人」に関連する課題について話してきましたが、次に「経営スタイル」に関するテーマに移りたいと思います。