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Smarter Business

旭化成が「樹脂DSP」によりAIを活⽤した技術トラブル・問い合わせ対応を⾼度化

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番 幸裕氏

番 幸裕氏
旭化成株式会社
モビリティ&インダストリアル事業本部
戦略推進部長 理事

長らく技術部門でプロセス開発や顧客への用途開発業務に従事。国内のみならず、シンガポール、東南アジア領域でエンプラ全般の市場開発に携わってきた。その後、マーケティング室を経て、戦略推進部に移り、現在は新規事業の創出やモビリティ事業の戦略立案、デジタル・マーケティングを推進している。

 

芦田 直明氏

芦田 直明氏
旭化成株式会社
モビリティ&インダストリアル事業本部
マーケティング室 デジタルソリューショングループ
グループ長

エンジニアリングプラスチックの法人営業・マーケティング・企画管理業務に従事。2020年より機能材料マーケティング室にて、新規事業の創出と樹脂デジタルソリューションプラットフォーム (DSP) 活動の提案・実行。2022年より現職にて、樹脂DSP活動およびデジタル・マーケティングを推進。

 

橋本 晃子氏

橋本 晃子氏
旭化成株式会社
モビリティ&インダストリアル事業本部
マーケティング室 デジタルソリューショングループ

エンジニアリングプラスチックの技術部門で材料開発に従事。産休、育休を経て、2022年より現職へ。樹脂DSP活動内の1つである“設計支援”と“トラブル解決”のデジタル施策の推進を担当

 

山本 博人

山本 博人
日本アイ・ビー・エム株式会社
インタラクティブ・エクスペリエンス(IBM iX)
Senior Managing Consultant

B to B製造業のお客様向けに、マーケティング、セールス、アフターサービス一連の顧客接点・業務変革コンサルティングを担当。デジタル時代におけるより良い顧客体験の定義、各社現状を踏まえた変革ロードマップの検討から、各種施策の実行まで伴走してご支援している。

 

菅又 優香

菅又 優香
日本アイ・ビー・エム株式会社
インタラクティブ・エクスペリエンス(IBM iX)
Senior Consultant

顧客体験・ビジネスデザインに特化したコンサルティング部門(IBM iX)に所属。B to B製造業のお客様を中心に、顧客接点改革の企画構想~実行、社内外データを活用した新ビジネス開拓、デジタル・マーケティング全社展開等をご支援。

大手総合化学メーカー旭化成株式会社(以下、旭化成)でB to Bのマテリアル系事業を担うモビリティ&インダストリアル事業本部では、デジタル・マーケティングやCX向上など顧客接点DXを見据えた「樹脂DSP(デジタル・ソリューション・プラットフォーム)」プロジェクトを推進しています。その主要機能の1つとしてIBMと共に構築に取り組んできた「トラブル解決システム」について、両社の5名のキーパーソンが語り合いました。

新たなお客様接点となる「樹脂DSP」

――まずはモビリティ&インダストリアル事業本部および戦略推進部についてご紹介ください。

 モビリティ&インダストリアル事業本部はその名のとおり自動車および工業分野に向けたソリューション提供を担当する組織で、エンジニアリングプラスチック、機能性繊維、機能性コーティング剤といったマテリアル系の3つの事業部隊を擁しています。戦略推進部はこれらの事業を支える基盤・支援部隊に位置しており、将来の成長分野として収益基盤となる新規事業の創出ならびに事業戦略推進により、旭化成のマテリアル事業の発展に貢献することを使命としています。また事業活動の右腕として、デジタル・マーケティングの推進により事業発展を担うマーケティング室デジタルソリューショングループも戦略推進部に属しています。

――樹脂DSPとはどのようなものですか。

芦田 樹脂DSPは先に紹介した3つの事業のうちのエンジニアリングプラスチックを対象とした、お客様の新たなタッチポイントとなるものです。もともとエンジニアリングプラスチック事業にもWebサイトはありましたが、デジタル・マーケティングを展開できるような基盤としては不十分でした。
これに対して樹脂DSPは、デジタルを活用し、お客様に寄り添いながら課題を解決するためのプラットフォームを目指しています。お客様ジャーニーに応じたデジタル・コンテンツや設計支援ツールを配置するとともに、樹脂DSP上でのお客様データを集約・蓄積し、新規事業に活用できる仕組みを構築したいと考えています。

芦田 樹脂DSPの検討に入ったのは2020年のコロナ禍がきっかけです。旭化成の強みは、お客様に密着して課題を解決する対応力にあると自負していますが、緊急事態宣言の発出などにより対面でのコンタクトが困難となり、綿密なフォローが難しくなりました。そうした中、私たちの活動をどうすればオンラインでもご提供できるかという議論が起こったのです。その結果として目指したのが、「デジタル・マーケティング」「Webサイト」「設計支援システム」「トラブル解決システム」の4つの機能の実装です。「デジタル・マーケティング」「Webサイト」「設計支援システム」は、お客様に寄り添うデジタル接点を構築することで、既存のお客様からの満足度向上、新規のお客様獲得を目指しています。一方、「トラブル解決システム」については、旭化成社内要員の生産性向上のための仕組みです。お客様における技術トラブルに対する対応品質・スピード向上を目指すと同時に、効率化により捻出された工数を、既存のお客様への能動的提案、新規リードへの対応など、より付加価値の高いお客様対応工数に充てることを目指しています。

図1.樹脂DSPとは――プラットフォーム全体像(目指す姿)出典:旭化成株式会社の資料をもとに作成

「トラブル解決システム」をIBMと協働して構築

――4つの機能のうち、「トラブル解決システム」の構築・実装をIBMと共に進められましたが、同システムが求められた背景について詳細にお聞かせください。

 お客様に納入したエンジニアリングプラスチック製の部品・製品において、想定外の「折れる」「割れる」といったトラブルが発生した場合、最も優先しなければならないのは、お客様先で起こっている状況の詳細かつ正確な把握です。これがしっかりできていないと原因追及のための解析の方向性を誤り、大幅な手戻りが発生しますが、この確認作業を現場で何度も繰り返し、解決までに長い時間を要していたのが実情です。お客様と直接接して状況をヒアリングする営業担当者がいかに抜け漏れなく情報把握をするか、解析にあたる技術者との連携をいかにスピーディーに行えるようにするか、最大の課題がそこにありました。

――解決策のイメージはありましたか。

 端的に言えば、必要情報を網羅的にヒアリングするための「チェックリスト」のようなわかりやすい仕組みを作りたいと考えました。エンジニアリングプラスチックに関するトラブルは大きく15種類程度に分けることができますが、起こっている事象によって確認すべき項目が変わってきます。Aが起こっているなら次にBを、Cならば次にDを確認するといった複雑なヒアリングのシナリオを的確にナビゲーションすることを目標としました。
漠然としたイメージはあったものの、本格的なシステム実装を見据えて企画構想を再整理していく段階から、IBMに加わっていただきました。

図2.トラブル解決――ソリューション出典:旭化成株式会社の資料をもとに作成

ユーザー体験を追求した要件定義、AI適用

――こうして本格化したプロジェクトを、どのように進めていったのですか。

山本 ユーザー体験を徹底追求したプロジェクト進行を心がけました。企画の具体化に向け、まずはデザイン・シンキングの手法を取り入れたワークショップを行いました。デザイン・シンキングでは、ユーザー視点での困りごとや感情・情動に焦点を当て、体験向上のための提供価値を定めます。今回も、現場ユーザーの皆様に積極的に参加いただき、利用シーンを踏まえた細かな使い勝手や、“使う気になる”工夫を織り込んだ要件を導き出していきました。

菅又 ワークショップを通じて理解したご要望に対し、Salesforce標準の動的フォームを適用することで、ユーザーにとって使い勝手のいい「チェックリスト」の実装をご提案しました。
要件定義の後半では、Salesforceの実画面を用いた画面プロトタイプをたたき台として、ユーザーの皆様に利用シーンを解像度高くイメージいただきながら詳細な要件定義を進めました。イメージにずれがある場合、その場でプロトタイプの設定を修正しながら要件を具体的に確認しました。お客様とのワークショップで要件を深く理解できていた一方でコーディング経験の少ない私が、お客様との対話に重心を置きながら、コードレスでクイックに画面プロトタイプを構築、その場で変更できたことは、SaaSを活用した大きな利点でした。

 実は旭化成側では当初、トラブルが起こった際にお客様がご自身で原因を特定できるセルフサービス型のサービスを提供したいと考えていました。しかし、最初に目指すべきものはそこではなく、「何よりもお客様対応プロセスをしっかり固めることが課題解決の本質であり、まずは社内向けのツールとしてトラブル解決システムを展開していく」という合意が参加者間で形成できたのも、このワークショップの成果と捉えています。

――Salesforceを基盤として動的フォームにチェックリストを実装したほかに、技術的な観点での課題解決のポイントはありますか。

山本 先述のユーザーワークショップにて、旭化成様では過去20年分以上のお客様トラブル対応事例をDominoに蓄積していたものの、多くは非構造的な自然文で記載された事例の検索難易度の高さやDominoへのアクセスの煩わしさから、せっかく蓄積したナレッジが活かしきれていない状況をお聞きしていました。
そこで、ナレッジ活用によるトラブル対応の高位平準化を目指し、チェックリストを入力するだけで類似事例が自動でレコメンドされるAIソリューションの構築をご提案しました。私のチームはAIの活用を前提としないコンサルティングチームのため、AI活用を得意とするチームと連携した提案体制構築から始めました。ご提案に行きつくまでには産みの苦しみが多くありましたが、ワークショップを通じてAI活用がユーザー体験を変える確信があったこと、皆様からの「ぜひ挑戦してみたい」という意気込みをお聞きしていたことが支えとなり、迷いなくご提案を進めることができました。
SalesforceもIBM WatsonもSaaSで提供されているため、確実かつ短期間、最低限で導入できる点も、ご提案のポイントでした。

――旭化成では、この提案をどのように受け止めたのでしょうか。

 正直なところ、最初はかなり疑っていました(笑)。Dominoに過去のトラブル事例を蓄積しているとはいえ、それらの情報の大半はフリーワードで記述されたテキストで、形式も不統一で項目も標準化されていないことから表記の揺れもあり、AIを使ったとしてもそんなにうまくいくはずがないと思っていました。ところがPoCを進めてみると予想以上に的確な内容が検索されてくることに驚き、実装を進めることになりました。

橋本 AI活用に対して懐疑的だったいう話がありましたが、一方でシステム構築の現場サイドでは期待もありました。先述のユーザーワークショップにて、過去の事例や資料を参考にしたいという担当者の意見が多く上がっていたこともあり、私自身もWatsonの提案を受けて、ぜひ実現したいとPoCにも積極的に取り組みました。AIの良いところは、運用を通じて学習を重ねることでどんどん“賢く”なっていくことにあり、トラブル解決システムの最初のバージョンからWatsonを取り入れられたことは本当に良かったと思います。

図3.B to B CX”チームのフォーカス

問い合わせ件数が増加。社内の情報共有促進にも手応え

――樹脂DSPは2022年度までにひととおりの実装を終え、2023年度から本番運用を開始しました。現時点ではどんな効果や成果があらわれていますか。

芦田 まだ定量的な効果や成果を示すのは難しいのですが、樹脂DSP全体で言えば、タッチポイントを通じたお客様からの問い合わせや引き合いの件数は、従前の約3倍に増えています。その意味では「お客様ジャーニーに寄り添ったデジタル・マーケティングを実践するとともに、社内の営業担当者や技術者の対応力を高めていく」という目標を実現していくための足場を築くことができたと考えています。

橋本 トラブル解決システムに関してはSalesforceの機能で英語、中国語等に翻訳されるため、現地の方も一緒に使えます。利用開始当初は、機能に関する質問や確認のやり取りがチャット上で見られたものの、1年経過した今では、お客様で起こったトラブルに対応する関係者全員が、このシステムを中心として情報を共有したり、問題解決の進捗状況を確認したり、“共通言語”として定着しつつあることを感じています。

――プロジェクトが着実に進んでいる要因はどんなところにあるのでしょうか。

 まず、社内のチームビルディングがうまくいったことが挙げられます。我々マーケティングだけでなく、各素材・製品に関わる営業・技術部門のメンバーにも主体的に関わってもらえるように努めました。
またIBMのサポートでありがたかったのは、プロジェクトの初期段階で実現すべきことの全体像を描き出し、個々の機能のロードマップを策定してくれたことです。これに基づいて私たちは目標達成に向けて、一人ひとりが走り始めることができました。

芦田 仮に自分たちだけでプロジェクトを推進していたとしたら、なかなか方向性も定まらず、膨大な歳月を費やしていたと思います。IBMとの協働作業により、企画段階からメンバー全員がやるべきことを認識した上で、一体感をもってプロジェクトを推進することができました。

橋本 私は途中からプロジェクトに加わったのですが、ミーティングの中でIBMの推進力や実行力を強く感じました。複数の選択肢を提示しつつ、異なる立場の意見も客観的に取り入れながら、スピード感を持ってプロジェクトをリードいただいたことでトラブル解決システムを形にすることができました。

お客様に寄り添うサイトを目指して

――今後に向けてはどのような構想や計画をお持ちですか。

 次のステップとしては設計支援システムの拡張に注力したいと考えています。具体的にはお客様が旭化成と手を組むことで得られるソリューションの魅力や価値を体感できる、デジタル・マーケティングに資する機能を実装していこうとしています。IBMにはこの取り組みについても的確なアドバイスをいただけたらと望んでいます。

山本 もちろんIBMとしても引き続きご期待に応えるべく、デジタル・マーケティングを含むCX(顧客体験)向上に関するグローバルな知見を、ビジネスとテクノロジーの両面から提供させていただきます。