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バイオイメージングにAIがもたらす変化とは

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ビジネスへのAI導入は、昨年に引き続き多くの企業にとって関心事だ。しかし、ビジネスの枠組みを超えて「社会的に意義ある事業」に活用する事例が現在注目を集めている(前回記事参照)。
今回は、AIを使ってライフサイエンス領域にアプローチする、ある企業の取り組みにフォーカスする。これまで極めて高度な知識と経験を兼ねそなえた者しか踏みこめなかった医療・研究分野が抱える課題に、AIはどのように突破口を開くのか見てみよう。

取材・文:高柳 圭

エルピクセル株式会社

代表取締役:島原佑基
設立:2014年
業務内容:医療・製薬・農業などのライフサイエンス領域における画像解析技術の開発、ソフトウェアサービス、共同研究事業を展開する。
同社ホームページ

 

医療現場を革新するAIとバイオイメージングの融合

2014年に設立されたエルピクセル株式会社は、医療、製薬、農業といったライフサイエンス研究において、AIを活用した画像解析ソフトウェア・システムの研究開発に取り組んでいるベンチャー企業だ。
ルーツは東京大学の研究室のメンバー3名により立ち上げられた「大学発ベンチャー」で、設立経緯について代表取締役の島原佑基氏は次のように話す。

「大学では人工光合成と、細胞小器官の画像解析とシミュレーションをテーマに研究を重ねてきました。元となった研究室は2000年に発足してから、生物学における画像解析技術(以下、バイオイメージング)の研究をすすめ、基礎研究のための細胞や植物の研究、さらに放射線画像診断といった医療関連など、100件以上の共同研究を行っていました。
かつて、生物学の研究に情報科学といったいわゆる“計算”を用いるケースはあまり多くありませんでしたが、人間だけでは処理しきれない膨大な情報を処理するシステムを取り込むことで、研究の質を向上させることができます」

この発言を裏付ける、興味深い話がある。医師の情報処理能力は以前と変わらないにもかかわらず、21世紀に入って医療機関におけるCTやMRIなどの検査機器が発達し、扱うデータ量が100倍以上もの勢いで増えているという。
読影医(症例画像を分析する放射線診断専門医)の平均年齢は年々上がっており、医師1人が処理する症例画像は1日で数万枚にのぼることもあるなど、人手不足はきわめて深刻な課題だ。こうした現場の負担を軽減し、研究や診断の精度を高めるために、エルピクセルの技術が注目されている。

同社の主な事業内容は、研究機関や企業の研究のアウトソーシング、バイオイメージング技術を用いた製品の開発と企画提案であったが、現在は自社製品の開発に力を入れている。製品化されている「IMACEL(イマセル)」は、ライフサイエンス研究において画像解析を容易に行えるシステムで、画像解析の知識やスキルがなくとも、視覚的かつ直感的な操作で複雑な解析ができる。クラウド上で最新のアルゴリズムが常にアップデートされ、画像の自動分類など、使うたびに精度が向上していく仕組みだ。

画像解析中の写真

オフィスで画像解析を行うエルピクセルのスタッフ

一方、医療画像診断を支援するのが研究開発中の「EIRL(エイル)」で、CTやMRI、顕微鏡、内視鏡画像などの医療ビッグデータを用い、脳、肺、乳腺、肝臓、大腸など、それぞれの部位に対し教師データをつくり、独自のAIアルゴリズムで放射線、病理、内視鏡画像診断をサポートする。
本来、個人情報であるため入手困難な症例画像については、20以上の医療機関と提携することで使用可能なデータを確保している。また、MRIの画像は、キャノン、日立、GE、フィリップスなど関連メーカーのデータを幅広く解析することで、システムのロバスト性(外的要因による変容を防止すること)を保つなど、万全な体制を取る。

脳の症例画像

AIを活用することで、腫瘍や病変を検出する画像診断支援システム「EIRL」の画面イメージ

世界でもっともMRIの導入率が高い日本には、特に「脳」の症例画像が豊富にあり、エルピクセルの画像解析技術も国内外の他社と比べ抜きん出ているという。EIRLの研究開発にあたって、一昨年の秋に7億円の外部資金調達が行われた。

昨年、米国シカゴで開催された「RSNA2017(第103回北米放射線学会)」に、エルピクセルは日本のベンチャー企業として初めて” Machine Learning Showcase”に出展を果たした。他社の多くは、X線やCTによる肺ガン、マンモグラフィー画像など情報収集が比較的容易なテーマ中心に出展している中で、10のテーマにわたるバラエティーに富んだ同社の画像解析・研究内容は高く評価された。

島原代表とスタッフ

社内でミーティングを行う島原代表とスタッフ

「体のさまざまな部位に対して精度の高い画像解析と診断支援を行える企業は、世界にもまだありません。また、エルピクセルには大学の元・研究者だけでなくや元医療機器企業勤務のエンジニア、ビジネスマンもいるため、教師データをつくるワークフローの作成、研究開発・製品開発から行政への申請までをワンストップで行えるのも強みです。情報の処理と解析にかかる時間は領域によって異なりますが、他社が5年かかるところを、弊社であれば1年半程で終えられるケースもあります。
現在は、細胞の加工において高度な技術を持った企業と協力し、教師データをはじめとする画像をつくる前段階から精度を上げ、技術を標準化することを目指しています。高度な画像診断技術が定着すれば、将来、今よりも高い精度、かつローコストで多くの人が診断を受けられるようになる可能性があります」(島原氏)

あくまで実用的な製品を提供しつづけることで、患者や医師に対し、AIを用いた医療診断の必要性とメリットを示していきたいと語る島原氏。エルピクセルの画像解析技術の展開はバイオイメージングや医療分野での負担の軽減や、新たな知見の発見だけでなく、AIが人間の医療・研究活動をサポートし、命を支える社会の形成にも寄与するはずだ。

photo:Getty Images