2024年1月、IBM Institute for Business Value (IBM IBV)は、生成AIの本格導入に向けたガイドとして、世界経済フォーラムにて「CEOのための生成AI活用ガイド:総集編」を発表した。今回、この“グローバル版” を基に、日本市場に特化したインサイトを追記しつつ大幅に再構成した日本版を公開した。本レポート「生成AIを制する、CEOが知るべき8つの観点: PoC迷宮から脱却し、ROI最大化を勝ち取る」は、日本IBMにおいて第一線で活躍する各専門家との対話に基づき、日本市場のトレンド、課題、ユースケース、アクション・プランをまとめたものである。同日発表した「AI for DX」は、本レポートに書かれたインサイトを実現するために役立つフレームワークとして、活用できる。
本レポートのインサイトをまとめたキー・ファインディングスは以下3点である。
- 自社なりの最適パターンを導き出す
- 全社的なAI戦略を策定し、全社共通のAIプラットフォームを構築する
- AIで価値創造し、競争力を強化する
IBM IBV調査※によると、日本企業が生成AI導入にあたって感じる障壁は、1位が「データの正確性や偏りに関する懸念」、2位が「財務上の正当性/実用例が不十分」、3位が「AIモデルをカスタマイズするために利用できる独自データが不十分」、そして僅差の4位が「生成AIの専門性が不十分」となった。つまり、データと人材に関する課題をどのCEOも抱えている。ただし、こうした障壁はすぐには解消できない。即戦力となる人材の獲得競争は激化しており、社内人材の育成には時間を要するからだ。また、データ整備には多額の投資と労力が必要となる可能性がある。つまり、CEOは一方でこうした課題を抱えつつも、本格導入への一歩を踏み出す必要に迫られているのだ。まずは、自社の現状やニーズを把握し、比較的リスクが低く、汎用性の高いユースケースを検討する。そして、多様なモデルで生成AIを試しながら、自社に適した実績を作っていく。こうした実績を自社の最適パターンとして軸に置き、生成AIの活用範囲を拡張していくことができれば、着実に成果は上がるだろう。
※出典:2024 IBM Institute for Business Value Generative AI at the coreおよび2024 IBM Institute for Business Value 生成AIの真の価値を引き出す
生成AIの拡張においては、生成AIの適用対象やロードマップを定義するAI戦略が鍵を握る。AI戦略には、既存プロセスや既存製品・サービスをベースとしたユースケースを想定するだけでなく、AI乱立を防止するプラットフォームやガバナンス体制など、将来企業が目指すべき枠組みも含まれる。
前述の通り、生成AIは最適パターンをベースに多用途展開することでROIを高めることができる。更に、この効果はマルチ基盤モデルとAIアプリを「二階建て」構造とするAIプラットフォームによって高めることができるのだ。AIアプリは複数の基盤モデルの組み合わせであり、特に同じ組織内のAIアプリは共通部分が大きい可能性が高い。もしマルチ基盤モデルで、複数の汎用基盤モデルや、業界情報や企業・部門の占有情報などを学んだ企業独自の基盤モデルを用意することができれば、業務ニーズに合った基盤モデルの組み合わせでAIアプリを構築することが可能となり、AIを毎回一から構築する必要がなくなる。それは構築時のスピードとコストだけでなく、運用の煩雑性をも軽減する可能性がある。また、安心安全にAIを活用するために不可欠なガバナンスを基盤モデルと同じ層に組み込むことによって、全社共通のガードレールを敷くことができる。生成AIに限らず、戦略及びユースケースには顧客などの様々なステークホルダーを含んだマクロ目線での検討が不可欠だが、こうした全社的なプラットフォームがベースに存在することで、より広い俯瞰的な視点からのAI戦略策定や部門またぎのユースケース導入の実現性を向上させることができる。
概念検証(PoC)などの実験的アプローチでは、局所最適を目標とする効率化プロジェクトが増える。こうしたプロジェクトは、短期的な効果実現を達成するためには有効だ。しかし、生成AIの価値を引き出すためには、価値創造を目的としたプロジェクトへの投資が不可欠である。業務効率化プロジェクトの効果は現状コストが上限となるが、価値創造を目的としたプロジェクト効果には上限がないからだ。価値創造プロジェクトでは、いかに長期的かつ広い視野を持ってリターンを適切に評価できるかが鍵である。一例として、他者との協業におけるAI活用があげられる。単一企業では対応が難しい要件が増える中、他社との協業機会は増えると予想されるが、その新しいプロセスや製品、ビジネスモデルにどうAIを組み込んでいくかによって、AIの戦略的重要性及び効果に乖離が出る。また、生成AI単体ではなく、従来型AIを含む、他のテクノロジーとかけ合わせることによっても生成AIの価値は上げることができる。生成AIはあくまで手段であり、重要なのは自社のミッションやビジネスの実現だ。生成AIの特性を理解し、業務本来の目的を達成するための新しいビジネスモデルやプロセス、サービスを生み出すことこそが、生成AIの真の価値を引き出す鍵となる。
グローバル版の本シリーズは、今年も継続しており、年内に第22弾のテーマまで公開する予定だ。年明けの世界経済フォーラムでは、新しいテーマの追加に加え、第一版に含まれたテーマを最新化した「CEOのための生成AI活用ガイド 第二版」を発表する予定だ。ぜひご覧いただきたい。本シリーズが、生成AIの真の価値を引き出し、企業成長に着実につなげるためのガイドとして、有益な指針となれば幸いだ。