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生成AIは保険業界のビジネスとシステムに何をもたらすのか(後編)

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久波 健二

久波 健二
日本アイ・ビー・エム株式会社
コンサルティング事業本部
技術理事
 

大規模で複雑な開発プロジェクトでITアーキテクチャー策定から本番稼働まで幅広く参画し、お客様の成功を支援してきた。マルチクラウド環境での基幹システム・アーキテクチャー策定のほか、最近はAI CoE(AI推進組織)の編成やグリーンITの企業への適用にも従事。社内ではアーキテクト育成・推進組織のリーダーとして人材育成、IBMの技術コミュニティー活動を推進している。

 

河野 真介

河野 真介
日本アイ・ビー・エム株式会社
コンサルティング事業本部
保険・郵政アカウント・サービス
技術理事 保険デリバリーCTO

入社以来、生命保険業界を担当し、主にインフラ周辺の開発から各種フレームワークの設計、実装、テストに至るフルライフサイクルをアーキテクトとしてリード。現在はお客様のデジタル変革(DX)案件を担当している。

透明性の高いオープンなAIで保険業界に不可欠な「信頼」を担保する

久波 IBMのシンクタンクであるIBM Institute for Business Valueが発表した「5つのトレンド2024年」レポートの中でも、キーワードの一つとして「信頼」が挙げられています。日々、自律性を増しているマシン・インテリジェンスを活用するために最も重要なことは「信頼」の確保であり、データから人、マシンからオペレーティング・モデルに至るまで、あらゆるものに「信頼」を組み込む必要があると説いています。

保険業界を取り巻くビジネス環境が大きく変化する中、今後も信頼を担保していくうえで、生成AIには良い面もあれば、考慮が必要な点もあります。良い面は、経験やノウハウを生成AIに学習させるために棚卸しすれば、中身がある程度分かるということです。例えば、IBMが開発したオープンソースのAI基盤モデルである「Granite」ならば、どのデータを使ってどのようにロジックを作り、どうやってアウトプットするかについても高い透明性を確保できます。

河野 保険業界には、保険金の支払いに関する業務のバリエーションが多岐にわたるとともに、それらに関する業務知識が属人化しているという課題があります。システム化により効率化できればよいのですが、少量多品種であるためROIの観点からシステム化が難しい業務も多く、お客様は対応に苦慮されてきました。このような少量多品種の商品に関する業務の継承も、生成AIの活用によって担保していくことが将来的に可能になるかもしれません。

久波 光があれば影もあります。保険業界で生成AIの活用を進めるうえで考慮が必要な点はどのようなことでしょうか。

河野 冒頭でも触れましたが、まず法律や評判に関するリスクは、特に金融・保険業界のお客様は絶対に避けたいものです。信頼性が担保されない限り、生成AIを対顧客の業務で使っていく決断はしづらいと思います。

もう一つの側面として、生成AIのロジックがブラックボックスである場合は、そこに潜在的リスクと不安を感じるでしょう。また、生保業界のようにライフサイクルの長い商品を扱っているお客様が懸念されるのが開発中止などの「撤退リスク」です。そのためベンダー・ロックインを極力避けて、オープンなものを使いたいという意向をお持ちです。IBMは現在、Meta社とともにAI AllianceにてAIのオープンソース化を推進していますが、生成AIを安心してご活用いただくためには、このようなアプローチも必要だと思います。

久波 私が日々お会いするお客様もベンダー・ロックインを心配されています。今、流行している生成AIのモデルや製品が果たしていつまで保守されるのか、バージョンが変わったら全く違うものになってしまうのではないかと危惧するお客様は少なくありません。できればオープンな環境で内製化し、スキルを蓄えながら使っていきたいという考えは、先進的なお客様ほどお持ちでしょう。

河野 内製化は非常に難易度の高い取り組みです。代替案としてバックグラウンドにある大規模言語モデルを必要に応じて切り替えられるプラットフォームの活用が考えられます。バックエンドがOpenAIなのか、IBM Cloud上のwatsonxなのかといったことをユーザーが意識せずに済む仕組みを取り入れるのです。

久波 IBMはwatsonx.aiで多様な大規模言語モデルをサポートしており、お客様が使いたい大規模言語モデルが変わったとしても、それまでと同様にwatsonxのプラットフォーム上で使うことができます。リスクにシビアなお客様の生成AI活用についても、IBMはさまざまなアプローチでご支援できます。

久波 健二、対談時の様子

AIを含むシステム全体の最適設計を支援できるIBMの価値

久波 技術的な観点で考えたときに、IBMが保険業界のお客様にお届けできる価値はどのようなものだと思いますか。

河野 システムの全体像を把握できているかが非常に重要なことだと考えています。今は生成AIが注目されていますが、これはあくまでもシステムを構成するパーツの一つにすぎません。システムの全体像を理解したうえで、信頼性や品質を担保しながらAIをどう組み込むかを考えなければなりません。IBMには保険業界に精通したエンジニアがおり、お客様のシステムに最適な組み込み方をご提案できます。

久波 同感です。私はAI CoE(AI推進組織)をお客様とともに編成して活動していますが、その中で動いている個々のプロジェクトにはそれぞれに業務要件があります。それらに対して生成AIをどう使うべきか、何に注意すべきかなど、全体を見ているから気づくこと、アドバイスできることがあります。また、他業種やグローバルでの豊富な実績と経験に基づく知見をお客様にお届けできることも重要な価値だと考えています。

河野 特に生成AIを前提とした場合、開発ではPython系の言語・フレームワークを使うことになりますが、保険業界のお客様はオープン系言語としてJavaを使われています。それら複数言語が混在した環境でどのように機能を配置し、ガバナンスをどう効かせながら使っていくかを考慮しないと管理不能になる恐れがあります。これをガバナンスしていくためのガイドラインは、過去の経験も踏まえて私たちが提供していく責務があると思います。

久波 もう一つ加えるなら、IBMには研究開発の力があります。IBMの最大の特徴は生成AIに関してもしっかりとした基礎研究を経て、責任を持って実現できることをお届けしている点です。半導体技術も持っていますし、AI基盤モデルのGraniteを自社開発するなど、全てのフェーズを単独でやり切る力とサービス、ソリューションがあり、それらの実績とノウハウを総動員してお客様にAIをお届けできます。

河野 研究開発から製品までカバーするベンダーはほかにもありますが、IBMは現場のエンジニアとバックエンドの研究者、製品ラインの責任者がエンドツーエンドで連携しており、現場の要求を研究開発チームにしっかりと通せることが、特にお客様のIT環境全体をご支援するうえで大きな利点だと言えるでしょう。

久波 生成AIに限りませんが、日本からも積極的に研究開発チームに改善要望を出しています。Red Hat社と一緒になったことでアジャイルな文化も浸透してきており、対応のスピード感も相当上がりました。また現在、IBMは生成AIも含めて日本市場を非常に重視しています。本社の指示の下、グローバルで持つさまざまなアセットやサービスの日本対応などに大規模な投資を行っています。

保険業界のビジネス多角化を共通プラットフォーム「DSP」で支援

久波 続いて、2027年に向けて生成AIを中心にさまざまな技術革新が進む中で、今後IBMにできることは何なのかについて話していきましょう。

河野 真介、対談時の様子

河野 保険業界では、少子高齢化による保険契約者数の減少に強い危機感を持たれています。この問題に対し、多くのお客様が保険を中心にした介護ビジネスや投資、ヘルスケアなど、複数の分野をつないだ多面的アプローチを模索されています。こうした戦略でグループ間連携をしていく中で重要なのが、企業間の接続や、その部分のセキュリティーに関する知見です。これまで単独で使ってきた仕組みをグループ間に拡大するには、より広い知見と高いスキルが必要です。それをトータルでサポートできるIBMの役割は、今後非常に重要になるでしょう。

久波 今回発行した2024年版レポート「先進ITで描く2027年の世界【保険編】」は、保険業界が隣接する他の分野にも参入し、これまで以上に多角的な経営を始めることを予見しています。実際に私が担当するお客様は、金融や介護など、保険業界の知識だけでは対応できない領域にチャレンジされています。それらの分野のシステムをどう作るか、どうやって効率的にエコシステムを広げるかが課題となります。

IBMは、保険などの業界ごとに共通基盤として「デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)」をご提供しており、その中に用意された標準的なインターフェースを介し、必要に応じて業界の垣根を越えた連携を実現できます。例えば、保険業界のお客様が製薬業界や金融業界、小売業界の企業と連携するといった場合も、DSPを使えばすぐに接続できます。

河野 DSPは2つの点で重要です。まず現在、複雑化が進むITについて、どのお客様も“体力問題”を抱えています。以前のように一から全て自社で作るのは現実的ではなくなってきているのです。これに対して、完成済みの業界専用プラットフォームをご提供することが重要性の一つです。もう一つは、SaaSベンダーなど外部から接続する立場では、それぞれのお客様の接続要求に個別に対応したカスタマイズを行うのは困難です。それがDSPで標準化されることは大きなメリットです。

久波 DSPは生成AI実装済みのプラットフォームとして活用することもできます。お客様がもし、他業界とつなげたい、生成AIをすぐに業務で使ってみたいという場合にはDSPをご活用いただきたいです。

先進技術が可能にするビジネスユースケース、実現のためのアーキテクチャーを提示

アーキテクチャー図(保険編)

久波 最後に、2024年版のレポートをまだご覧いただいていない方のために、そのポイントを簡単にご紹介します。2024年版では生成AIをデジタル・コワーカーとして活用し、AIを起点にしてビジネス・モデルを再構築することを提唱しています。次世代アーキテクチャーについても、AIを中心に据え、生成AIが持つ機能と学習モデルをもとにあらゆる業務・機能を実現するという構成をとりました。

河野 さまざまな先進テクノロジーを保険業界のユースケースに当てはめ、どの部分をどう置き換え、効率化できるのかを説明し、それを実現するための大きな鳥瞰図としてAI時代のアーキテクチャーを提示しています。自社のシステムが業界のトレンドに沿ったものになっているかを再確認する目的でもご活用いただけます。

久波 レポートでご紹介しているビジネス・モデルやユースケース、AI時代のアーキテクチャーを自社のビジネスや業務、システムと比較検討し、例えば競争優位性があるものは継続、発展させ、非競争領域は共通化、共有化していくといった判断をするためのガイドとしてもご活用いただきたいと思います。河野さん、本日はありがとうございました。