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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#5 今一度「病気」に向き合いたい

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※2022年9月2日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティングパートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対談を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載の第5回。ゲストには明治安田総合研究所取締役執行役員チーフ・エバンジェリスト開発支援部長の加藤大策氏を迎えた。生命保険業界の次世代サービスについて「今一度、病気を知ることに立ち戻るべきときが来ている」と語る加藤氏との話題は、シンギュラリティーインパクトやメタバースを含む多次元的世界のコミュニケーションにまで及んだ。

今一度「病気」に向き合いたい

堀田 生命保険業界は国内市場の縮小が予想される一方、テクノロジーの進化や長寿化、顧客ニーズに寄り添った新たなサービスの提供による広がりのある業界ともいえる。変革の渦中にある生命保険の次世代サービスについてお二人のお考えをお聞かせいただきたい。

藤田 1970年代くらい、ある程度日本が豊かになってから、生命保険はあまり変わっていない。あの時の家族のあり方や豊かさをベースに商品やサービスを提供しているため、多少新しいものが出てきているとはいっても、概ね、死亡保障、医療保障、学資保険、老後の資産形成といったところで止まっている。ここにきて、人々の生き方や価値観が大きく変容する中で、新たなリスク、新たな希望、これまでにないクライアントニーズが生まれてきていると思う。そこに対応するのが次世代サービスということになるだろう。

加藤 生命保険の難しさとして、どうしても生命に関する保険に限定されることが挙げられる。生命というと、人口に依存してしまう。ただ、今、お話しいただいたとおり、たった一度の命をどう使うか、生き方に、もっと寄り添う形に変わっていくと思う。例えば、最近各社が販売している健康増進型保険は、今までの生命保険が病気に対して保障を提供していたのに対して、健康の取り組みに保障を提供するというもの。今、私は、病気にどのように立ち向かうのかをもう一度見直す時期が近づきつつあることに着目している。かつてがんは不治の病だったが、今は適切な知識、検診と治療によってかなりの確率で克服できるようになった。今後、他の病気でも勝てる可能性が上がってくる。もう一度病気を再定義するという意味で次世代の保険があると考えている。

加藤 大策 氏

明治安田総合研究所
取締役執行役員チーフ・エバンジェリスト開発支援部長
加藤 大策 氏

堀田 新しいクライアントニーズへの対応に加え、従来のニーズをさらに深掘りし提供できる価値を高めていくことで、生命保険サービスの新たな可能性を見出すのだと思う。では、サービスのあり方そのものが変わる社会において、どのようにサービススキームをリデザインしていくべきとお考えか。

藤田 サービススキームのリデザインを検討する際、どこの保険会社でもネックになるのが「既存のシステムに乗らない」ということ。そうなると、議論が硬直化してしまう。「新しいものを作ればいい」となっても、総論賛成で、各論になると、採算、規模、人的リソースなどが課題となって諦めてしまうことが多い。一方で、インシュアテックに代表されるような、サービススキーム自体を商品と一体化させたようなものが出てきている。エマージングマーケットと呼ばれるようなところでは、大数の法則を使わないような形の商品が非線形で生まれている。御社のように大きな生命保険会社は、既存の保有契約の保守と、新しいものを出すのに必要なオペレーションとそれを支えるシステムスキームの両立に対するジレンマは避けられないのかもしれない。

加藤 率直に言えば、日本の生命保険会社はスタートポイントが70年代と同じ発想になってしまっていると感じる。「新しい商品やサービスをつくろう」という話をすると、まず既存システムを根こそぎ取り換える、あるいはデジタル化ありきで考えてしまう。サービスのリデザインでは、今の保険のサービスを基準に考えるのではなく、自分たちがお客さまに何を届けたいのかを先に考えた上で、そこから得られるベネフィットがどのくらいあり、それに見合ったシステムは何かを考えればいいと思う。

藤田 住宅について言えば、昔は3世帯の家族が生活できるような空間ということで同じような形のものが売られていた。今、生き方が多様化していく中では、生活スタイルから空間をデザインしないといけない。私は、保険は「見えない生活空間」だと思っており、見えないから見えないままでいいということではなく、ファイナンシャルプランニングを通じて「どういう生活スタイルを確立したいのか」を引き出し、それに合った提案をする必要がある。その提案も決まったパッケージではなく、ニーズに応じてカスタマイズできるようにすれば、プレミアムの付いた保険料であっても、快適な見えない空間に住みたいという潜在的な契約者は多いのではないか。

加藤 住宅の例でいうと、最初に3階建てを建てたとしても、子どもたちが独立し、老夫婦だけになったら平屋の方がよっぽど安全でいい。現実に家を建て直すのは難しいが、保険会社の提供サービスは組み直せるはずだ。もちろん約款の約束は順守すべきだが、良い方向に変えるのであれば合意はとれると思う。

堀田 オペレーションプロセスとシステムデザインも次世代サービスを考える上で重要な要素と考えられるが、その点はどのようにお考えか。

堀田 恵里子 氏

IBMコンサルティング事業本部
担当部長シニアマネージングコンサルタント
堀田 恵里子 氏

 
藤田 10年くらい前には、生産工程のムダを予防的に排除するのに有効だということで「リーン」という考え方が流行した。「リーン」は「贅肉をそぎ落として筋肉質な組織を目指す」ということだが、筋肉質になった結果、企業がどうなったかというと、アスリートとしてはケガをしやすくなった。既存商品のユニットプライスは下がったが、新しい商品やサービスを出そうとしても動けなくなった。一方で、最近重要視されている「しなやかさ」を持つということは、単に贅肉を増やせばいいということではなく、いかに機動的に動ける組織をつくれるかにかかっている。未来の生き方をある程度想定し、オペレーションやシステムを隙なく組むのではなく、可変な状態をある程度プランニングした上で余力を持って進めていくというのがレジリエンス、つまりしなやかさではないだろうか。

加藤 日本の大手生命保険会社の採っている事務オペレーションは、リーンには至らずに、しなやかさが唯一残されていた。ところが数十年かけてシステムをかなり組み上げてしまったので、そのしなやかさすらなくなってしまった、というのが現状だと思う。そういう意味で、手や紙でやるところに戻すかは別にしても、もう一度、シンプルに、しなやかさを取り戻すという可能性は十分残っていると思う。コールセンターでも、1人が1日に何件電話を受けているか、1回あたり何分で終わっているかという効率性を追求するのではなく、その電話で顧客満足度をどのくらい得られたかという見方を変えることで、しなやかさは保てるはずだ。 

藤田 人生の生き方を曲線で考えると、長期曲線のトレンドはあると思う。人生にはそれなりに変化もある。一方で、今は、瞬間瞬間で判断するモメンタムが存在する。リデザインするためのニーズはトレンドの中である程度見ていくとしても、これだけ加速度的にテクノロジーが進化し、世の中が劇的に変化していくと、瞬間のモメンタムの中でのニーズというのも実はカバーしていかなければならないもうひとつの領域なのではないか。だからリデザインでは、今までのトレンドだけでなく、瞬間に動くモメンタムに対しても何らかのカバーが提供できると、特に生命保険のサービスの付加価値が上がっていくと思う。

加藤 契約時にどこまで将来の変動要素を加味できるかは難しい課題だが、仮にカフェテリアプランのようなかたちでいくつかを組み合わせて提供できるものがあれば、まさに瞬間瞬間をカバーする機能を提供できてもおかしくはない。

堀田 個人に寄り添ったしなやかなサービスを提供することが次世代サービスの可能性を広げるのかもしれない。時代の流れは早く、半年経つと新しいトレンドやキーワード、テクノロジーに注目が集まる状況だが、未来の保険を取り巻く環境、特にデジタルのインパクトについてどのようにお考えか。

藤田 「シンギュラリティ」と言う言葉が2016年前後に流行したが、デジタルの進化は当時の2022年の予測よりも前倒しで進んでいる感じがしている。また、グローバルで考えたときに、いわゆる新興国では、昔ながらの発想に捉われないサービスも生まれつつある。グローバルマーケットで考えたときに、技術の進歩の段階を経ずにデジタルを使うようになった人たちがマジョリティになっていくグローバルマーケットで競争するにあたり、今の日本の保険会社の仕組みや規制のあり方、募集人の資格試験や教育のスキームは新しい時代にそぐうものなのかというと、イエスとは言いにくい環境だと思う。この準備をどこの保険会社が最初に手を付け始めるのかというのはコンサルタントとして非常に興味深いところだ。

加藤 シンギュラリティについてはいろいろ議論もあるが、それが命を脅かすかと言うとそうではなくて、良い方向にのみ働くのではないかという気がしている。楽観的過ぎるかもしれないが、AIが高度になればなるほど、これまで大数の法則でしか作れなかった保険が、少数向けにも作れるようになるかもしれない。例えば、何百万人に1人の希少疾患向けの保険が作れるようになるかもしれない。急に入ってきたものをあわてて実装するのではなく、どう使うのか知恵を働かせることができるかどうかが重要だと思う。

藤田 シンギュラリティの脅威として、AIに人間が乗っ取られるのではないかという考え方があるが、決してそうではなく、共存できるような関係性をしっかりバランスを取ることが大切だ。そのバランスの取り方が新しいデジタルリテラシーであり、この場合のリテラシーというのはデジタルのことをある程度知っていると同時に、人として、その時代の生き方を知っているということに根差している。

加藤 とはいえ大概のものはAIがコントロールするようになっていると思うが、その中で何を選択するかは人に任されている。例えば、天気予報を全てAIがやったとしても、最後に傘を持っていくかどうかは自分が決めればいい、そういうことだと思う。

堀田 高度なテクノロジーに全てを委ねるのではなく、直感や個人の判断基準というものは確かに残るものだと思う。では次に、私たちは今、生身の生命だけでなく、仮想、宇宙空間で疑似生命活動ができる世界に生きている。多次元的な世界におけるコミュニケーションをどのように捉えているか。

藤田 今はユニバースという実世界に対して、メタバースという世界がある。日本の海外進出も歴史的には別世界への展開だったわけだが、それは宇宙空間であっても、仮想空間であっても同じ。ただ、海外に出るのと違うのは、時間や空間といった制約がほとんどないこと。仮想空間では死なないし、眠らずに永遠に作業することができる。そういう世界に保険が存在しない理由はないと思っており、それぞれの空間の中で、一人の人が複次元的な生活を送るようになれば、その数だけ保険のオポチュニティーが生まれると思う。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

加藤 そういう数え方ができると私も思う。ただ、メタバースを考えたときにちょっと違和感があるのが、私もメタバース内で打ち合わせをしているが、メタバース空間には人間しかいない。それではリアルの世界よりも狭いと思う。本当にそれで現実空間を超える創造的なものになっているのか、という疑問がある。例えば盲導犬を連れている人の場合、犬も一緒にメタバースに入った方が良くはないか。そういうのも含めたうえでのメタバースになっていないと現実世界より面白くないような気がする。

藤田 メタバースでは、現実世界をできるだけリアリティをもって表現する世界と、人間が人間である必要がない、まさに空想の世界を体験できる世界という二つの可能性がある。おっしゃっている制約というのは、リモート会議を体現しているだけで、そこに創造性や、クリエイティビティ、そこからインスパイアされる部分が欠落すると、実態と仮想空間は連動しているようなビジネスにおいては逆に限定的になってしまうという考え方だと思う。

加藤 仮想空間の中では風になってもいいし、車になってもいい。そうなった時の何らかのサポート、それを保険と呼ぶか分からないが、それはあっていいと思う。仮想空間というのはもっと自由度が高くてよいはずなのに、自由度を制限しているように見える。

藤田 ビジネス上あえてそういう空間をつくりたいという構造があると思う。一方で本来のメタバースというのは、メタではあるが、コピー空間ではないはずなので、その中で新たなイノベーションを生むには、重力とか、人間の欲求、病気の怖さとか、根源的に抱えなければならない制約たるリスクや諸条件、一切そこから解放されている状態だからこそなしえるようなクリエイティビティが保証されていると再定義しないといけない。今の方向はリモートワークの続きで、人間のアイデアを貧困にさせてしまう方向に行っているのかもしれないと個人的に思っている。

加藤 今の私がやっている仕事を突き詰めると、5年前に自分が出した宿題だったりする。そうすると、5年前の自分と今の自分が会話しながら仕事をしないといけない。でも現実世界では難しいので頭の中で5年前の自分と会話するわけだが、メタバースに行けば5年前の自分がいて、その5年前の自分と今の自分が議論するということがあってもいい。それはメタではなく、個人の複数化だが、5年前の自分に対して保険を掛けるということもないわけじゃない。たくさんの人に保険が存在し得る。そういう自由な発想になればなるほどいろんな制約が外れる。一方で、保険会社の役割は増える。

藤田 今みたいに時間軸をずらすことも可能で、実世界の同じようなミラーを作っていたとしたら、メタバースの時間だけ例えば24時間を20時間とすることでサヤを取るようなかたちや、もしくはそこから先にリスクを認知し、実世界に情報を送るような形や、それがうまくいかなかったときの補償なども考えられる。ミラーの中に自分を登録して、リスクを事前に察知して教えてくれるサービスに入っていたら保険料に影響を与えるとか、ユニバース、メタバース、俯瞰的に地球を見ることによる、それぞれの世界観を組み合わせることで実世界を生き延びるためのサービスなどを保険会社と一緒につくれたらと思う。

加藤 なお、残念ながら宇宙はリスクが高いのも事実で、月に行くだけで200倍の放射線を浴びることになる。月で人が生活するようになり、保険がカバーするようになるのはもう少し先だと思う。

藤田 人が住むイメージはまだ持てていないが、衛星で地球そのものをモニタリング・センサリングするようなかたちで実世界のサポートを実現することはできると思う。災害や事故を外から監視することによって早い段階でリスクマネジメント、起き得る事故をカバーするようなかたちで使われるのが近いところで考えられるサービスだと思う。

加藤 その辺は特に生命保険というよりは、自動車が一番分かりやすいと思う。この先の交差点の事故発生率が高いのでここで曲がった方がよい、とナビしてくれるのは望ましい。歩行者に対しても、このルートで行くと危ないよ、とアラームを鳴らしてくれれば回避できるのでそういうサービスは、生命保険の付帯サービスとしても検討できると思う。

健康支援のその先の世界を見つめて

堀田 リスクや課題はあるものの、多次元的な世界をもっと広義で自由に捉え、新たなサービスを考える必要性があると感じた。自由な発想こそが保険の役割を広げるのかもしれない。最後にチーフ・エバンジェリストのお立場として、今後のビジョン・取り組みについてお聞かせいただきたい。

加藤 私自身の考えとしては、もう一度ちゃんと病気を理解することをやったほうがいいと思っている。例えば、がんはかなりの確率で治るようになった。早期に発見するために、がん検診を受けましょうと言われているが、実際に受けている人は4割程度。ここを底上げしたい。今、国立循環器病研究センターと共同研究をやっているが、それも循環器病をちゃんと理解しようということ。心不全の仕組みや、脳卒中や心筋梗塞の予防策など、もう一度、病気を見直す時期が来ていると思う。医療技術が伸展してきているので、リスクを把握し、事前に察知することが可能になるところまで近づいている。その辺りをうまく捉えていきたい。私どもの会社は健康活動を支援する取り組みを実施しているが、健康を支援したら次は病気を防ぐこと、治すことを支援する。元に戻っているようだが、ただ戻るわけではなく、レイヤーが数段上の戻り方をする。これが、これから明治安田生命が取り組む方向だと考えている。

堀田 今日は生命保険業界における次世代保険サービスの再定義をテーマにお話をお伺いしたが、新たな領域でのチャレンジはもちろんのこと、生命保険会社の原点に立ち返るサービスをあらためて考え直す必要性があると学ばせていただいた。「安心」の価値をさらに高め、より身近な生命保険会社になってくださると今後に期待が高まる内容だった。

※2022年9月2日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。