S
Smarter Business

Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#4 目標は「保険事業のトランスフォーメーション」

post_thumb

※新型コロナウイルスの拡大防止に最大限配慮し、写真撮影時のみマスクを外しています。
※2022年8月26日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティングパートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対話を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載の第4回。ゲストには、東京海上日動の理事・dX推進部長の渡部光明氏を迎えた。世の中が大きく変化する中で、リーディングカンパニーとして、保険事業そのもののトランスフォーメーションを視野に、後にスタンダードとなる変曲点を作り出していきたいと語る渡部氏の姿勢に、藤田氏は「プロアクティブなしなやかさ」を見出し、話はDXの先へと展開していった。

目標は「保険事業のトランスフォーメーション」

廣瀬 あらためて損保業界におけるデジタル・トランスフォーメーションとは何か、お考えを聞かせていただきたい。

渡部 損保業界はデータを基に保険数理的な観点から商品を開発するというビジネスで、無形の商品を、ITをはじめとしたテクノロジーやデータをフル活用して発展させてきたという意味でも、もともとテックインダストリーであり、データドリブンなインダストリー。近年DXという言葉が出てきたが、そのようなアジェンダが提示されなくても、社会課題の解決や世の中の変化への適応に取り組んでいけば、おのずとデータやデジタルの活用に向かっていたと思う。損保業界は、外から言われたから、ではなく、自発的に切磋琢磨しているというのが私の考えだ。

渡部 光明 氏

東京海上日動
理事・dX推進部長 
渡部 光明 氏

藤田 まさにその通りだと思う。また、損保は天候や事故など、非常に不確実性の高いものに対する、リスクマネジメントという観点からの投資でもある。そこに、今まで取り入れられなかったようなデータを取り入れることで新しいサービスが生まれたり、新しい補償対象が生まれてくる可能性がある。私としては、加速度的に進化していくデジタルの力を生かした新たな跳躍も損保業界に期待している。

廣瀬 そういう意味では「テクノロジー」がキーワードになると思うが、テクノロジーによって商品やサービスはどのように変わっていくと見ているか。

渡部 環境認識から言うと、当社は、あらゆる業界の大企業や中小企業、個人についても、全国のあらゆる年齢層、多様な職業の方にお客さまとなっていただいている。そのお客さまが今大きく変わってきており、その変化は同時多発的に起きていると認識している。お客さまのニーズの変化やリスクの多様化、新たな社会課題に対しては、しなやかさを持って積極的に変化をし続けていくことが一つのポイントである。もう一つの観点として、われわれは業界を牽引していく存在として、われわれこそが変化を作り出す源となり、変曲点を作る会社になるという気概を持っている。保険事業そのものをトランスフォーメーションするだけでなく、それによってできた変曲点が将来のスタンダードになる、という意識で取り組んでいる。

藤田 しなやかさという言葉には受け身なイメージがあるが、今のお話はプロアクティブなしなやかさ。自らがしなやかに、ある意味では自由に動いていくイメージ。そこには市場を独占して自分だけが生き残ればいいという戦略ではなく、環境全体をしなやかにする、という意味が込められていると感じた。そういった考え方こそが、これからの企業のあり方であり、これからのテクノロジーやデジタルの使い方の一つのあり方のような気がする。

渡部 1879年の創業以来、当社はこれまでにも大きな変化に適応してきた。われわれにとって最も大きなアジェンダは社会課題の解決。保険を提供して経済的な補填をするというよりも、社会課題の解決こそがわれわれのこれまでの成長ストーリーであり、それはこれからも変わらないはずだ。

藤田 今のマーケティングは、事業創造・市場創造のことを指すようになっている。今までにない顧客体験や顧客価値を提供することで、新たな視点が生まれ、人がより生きやすい社会になっていくことをサポートするのがリーディングカンパニーとしての役割になってくるかもしれない。

渡部 技術やデータが加速度的に進化したといっても、顧客ファーストの視点がない限り、世の中には受け入れられない。テクノロジーもAIも、お客さまが認める価値にまで昇華させ、お客さまの「良かった」「安心した」「これで安心して挑戦できる」につながるものにしなければならない。

廣瀬 いろいろな変革を通じて選ばれる保険会社になってきたということだと思うが、それがこれからも必要だということか。

廣瀬 謙治 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 東京海上グループ担当
廣瀬 謙治 氏

渡部 全体を俯瞰して、今少し警鐘を鳴らすとすれば、ややテクノロジードリブンで行き過ぎている風潮がある。これからの成長軌道を押し上げるのは、データやデジタルを使い尽くして、本当にお客さまが認める価値にまで落とし込んだもの。新たな問いを立てて、テクノロジーやデータを活用して、お客さまに新たな価値を提供していくことであり、それが商品開発・サービス開発の根源的な価値になると思う。

廣瀬 そういった変革の中で御社が取り組んでいるデジタル・トランスフォーメーションについてお聞かせいただきたい。

渡部 まず、私の部署の「dX推進部」のdを小文字にしたのは、デジタルやデータは目的ではなく手段であるという思いがあったから。本当の狙いはX(トランスフォーメーション)にある。領域としては、商品・サービス、ビジネスモデル、事業そのもののX。ビジネスモデルのXでは、チャネルごと、マーケットごとなど、非常にすそ野が広いが、このビジネスモデル自体がデジタルとデータの活用により、今とまったく違うかたちになることを目指している。加えてプロセス、オペレーションについても、デジタル・テクノロジーを活用し、今では考えられないようなスピードとリアルタイム性を持って商品・サービスをお客さまへの新たな価値として提供できるようにしていきたい。働き方のXも進めている。一番大きな領域は保険事業そのもののDX。保険にとどまらない安心と安全のソリューションのご提供を目指し、大きなアジェンダとして進めている。

藤田 御社のトランスフォーメーションは、結果としてピープルセントリックであり、どこかのギアが回り始めると、他のギアもちゃんと動くよう構築されている。世の中にはペーパーレス化が終わればDXは終了といった感覚もあるようだが、トランスフォーメーションが単体で完結するなんていう単純なビジネスモデルは存在しない。一つギアが回れば、他のギアも回る必要がある。今のお話も、新商品ができたときに、既存のオペレーションに乗らないから売れないというのは言い訳にならないということをおっしゃっているように聞こえた。そのためにゼロから考えようと。その発想自体がマインドのトランスフォーメーションになっている。

渡部 例えば、商品・サービスのXでは、当社はデータドリブン商品とデータドリブンサービスの二つを大きな柱に据えている。データドリブン商品はすでに10以上ローンチしている。データドリブンサービスは、データをリアルタイムで使って、事故の予測と、事故が起きたときの早期復旧、再発防止を実現していくもの。これは事業の大転換になる。そういった商品・サービスを全国4万店以上の代理店ネットワークを通じて提供していくわけだが、これまでのやり方を根底から変えないと新しい価値は届けきれない。そこが一番難しいところだと思っている。そこをしっかり見据えて、最終的には一つの大きなデータドリブン商品群として次の成長の柱にしていきたい。

藤田 データの中から観測できる内容を読み込み、次のアクションにつなげていく「ループラーニング」の考え方でいくと、今のお話にあった、データを取って、そこから学習して、事故が起きた場合にも、今後はそれが起きないような形のサービスに転換していくというのは、今の学習組織といわれるモデルに合致すると思う。お話を聞いて、データを活用した中で学習していくことで、組織の中に「知」を取り込んで成長していくというイメージが浮かんだ。

渡部 その視点は非常に重要だと思う。知のループ、価値提供のループという考え方だ。今までは過去に蓄積したデータを解析して、商品を開発していた。これは非常に平面的だった。これからはお客さまと一緒にスパイラルアップさせ共創していく。例えば、業界初のドライブレコーダー付き自動車保険を販売しているが、これはバージョン1.0。ここから、走行データや事故時のデータを使って、新たな価値をバージョン2.0、3.0と創造していく。こうした深堀りや新たな価値提供の探索を立体的に行って、お客さまに価値を提供しきれる会社が最終的には勝っていくのだと思っている。

未来のスタンダードを生み出す思考

廣瀬 そういうことに取り組むためには人材も重要になると思うが、御社ではDX人材についてどのように考えているか。

渡部 やはり人材こそが資産。とりわけ保険業界では人こそが最大の価値だ。デジタルやデータを活用し尽くした先にあるのは、人の勝負だと思う。ともするとテクノロジーに目が行きがちだが、人材のトランスフォーメーションこそが成長軌道を描くための重要な要素だと捉えている。今はDX人材育成に向けて、1万7000人の社員全員にデジタル・テクノロジー・ビジネスに関する研修を実施している。dXコア人材に関する三種の神器は(1)データ分析・活用、そのための仮説を構築する能力(2)プロダクトデザイン能力(3)価値を提供するビジネスモデルを構築する企画力、だと思っている。本店で施策やサービス企画を行う全員をそのレベルまで上げていく。これまでに作り上げてきた完璧なビジネスモデルがあっても、ゲームのルール変更や価値の転換が起きたときにはそこを変える必要がある。そういう意味ではマインドセットが重要だし、当社の強みとしてのDNAは守りつつ、文化や風土も含めて、いかにしなやかに変化していけるかが鍵になる。

藤田 建設的自己批判というのがある。変化のときには、通常、抵抗や失望が生まれ、適応には時間がかかる。そういうとき、多くの会社が正しい教育や情報の提供を忘れがちだ。箱と号令だけで動かそうとしてしまう。御社のように、1万7000人に対して新しい価値の気付きを提供できるスキームはすごいと思う。もう一つ、御社はエージェントモデルの中でステークホルダーに変化を波及させる必要がある。そのためには保険代理店ともども成長していくことが必要だと感じる。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

渡部 その通りだ。さらにいうと、DX人材の育成は3年から5年周期で、継続的にトランスフォームしていくべきだと考えている。入り口は基礎的な部分からでも、人によっては相当深く、フォーカスすべき領域について学びを深めていくイメージだ。ここについては、人材戦略として、キャリアマネジメントやタレントマネジメントも含めてうまくかみ合わせていく。ここがかみ合ったときに、変曲点が起こせると思う。

藤田 全くその通りだと思う。学習の方法として、タブレット端末を配るなど、体験を織り込んでいる点も大きな意味がある。知識の付与も重要だが、経験における学習に勝るものなし、というところがあると思う。

渡部 人間はやはり五感で感じないと本当のマインドセットは起きない。人材育成には知識と体験が必要だ。例えば、新しい代理店システムを導入したとき、大きなプロセスの変更が起きるが、そのプロセスが裏でどのようなロジックで動いているのか、AIがどのような形で不正を検知しているのかを理解できていないと、価値ある形で使いこなすことができない。藤田さんのお話のとおり、エクスペリエンスがあって初めて「人とデジタルのベストミックス」という言葉が生まれてきて、そこに大きなトランスフォーメーションが芽生えると思う。さらに言えば、トランスフォーメーションは非常に大きな目的であり、行きつくまでの道のりは簡単なものではないが、具体的に進めば進むほど目線が近くなっていくというジレンマが起きる。トランスフォーメーションを実現するには具体と抽象の間を行き来する思考法が必要で、そこがDX推進のポイントでもある。

藤田 一つのものの議論において、俯瞰したり、近くで見たりを繰り返す「スコープインアウト」という言葉があって、今、主力の思考法とされている。ビジネスのゴールだけを見てしまって、その先を考えないプロジェクトを数多く見てきたが、本来は、さらにその先を見据えた新しい道を同時に作っていく必要がある。俯瞰で見ても、その先が、道のない荒地なら局所的にならざるを得ない。その点、御社は先を見ていると感じる。

渡部 当社では社長が委員長を努める「dX推進委員会」をつくり、具体と抽象を常に行き来する仕組みを構築している。今やっていることの深掘りと、目指す姿をすり合わせながらスピード感を持ってdXを推進している。

廣瀬 今後の御社の取り組みについては。

渡部 東京海上日動のパーパスは「お客さまや地域社会の“いざ”をお守りすること」。これは140年以上、創業時から変わらないDNAの一つだ。パーパスは通常「存在意義」と訳されるが、私は「世界観」と捉えている。個人のお客さまも企業のお客さまも地域社会も変化していて、社会が変容すると、新たなリスクが生まれる。多様化するリスクに対して当社の新しい商品・サービスで対応していくわけだが、その対応の概念も変わってくる。いわゆる保険商品という伝統的なかたちで対応してきた世界から、事故を未然に防ぐサービスを提供することで安心を得ていただく世界へと遷移しつつあり、われわれはそういうことを生業にしていきたいと考えている。「“いざ”をお守りする」というのは非常にシンプルでありながら深い言葉で、突き詰めていくと、保険事業そのものの再定義や、われわれ自身の変革という命題が埋め込まれている。トランスフォーメーションは、幼虫がさなぎの時期を経て蝶になる変化に例えられるが、当社のパーパスを追求していくとそのレベルの変化に進む。また、それが社会の要請でもあると思う。変化にしなやかに対応しつつも、変曲点を作るリーディングカンパニーでありたい、新たな価値を世に問う存在でありたいと思う。

藤田 今まで保険業界では、まず資格試験に合格して、コンプライアンスを守って、顧客を正しくサポートするということを求められていたが、お話を聞いていると、それ以外の要素、ビジネスクリエイションの素養が必要になってきているということが非常に理解できた。もう一つ、皆さんの中で最終的な目的が共有されているということが非常に大きいと思う。日本の場合、保険業界では保守的な議論も少なくないが、リスクが多様化するということは、市場拡大のチャンスでもある。御社の今後の展開に期待していきたい。

※2022年8月26日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。