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Future of Insurers対談#1 デジタル化とメタバースの波で保険ビジネスはどうなるのか

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生田目 雅史氏

生田目 雅史氏
東京海上ホールディングス株式会社
常務執行役員
グループCDO

日本長期信用銀行で資本市場、デリバティブ、リスク管理業務を務めたのち、ドイツ証券、モルガン・スタンレー証券において投資銀行業務、Visa Worldwideで決済業務、ブラックロック・ジャパン取締役を務めたのち2018年東京海上ホールディングス入社。2021年より現職。東京大学法学部卒、ハーバード大学経営大学院(MBA)修了。

 

藤田 通紀

藤田 通紀
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
パートナー/保険インダストリー・リーダー 兼 保険ソート・リーダー

金融機関およびコンサルティング業界でのプロフェッショナルとして20年以上の経験を有し、経営戦略、セールス・マーケティング、教育・研修からオペレーション、またアートとデジタルなどの幅広い分野での専門性を有す。トランスフォーメーションに関わる実務と理論に基づいたアドバイザリー・サービスを提供。著作・講演多数。MSc(英ウォーリック大)、MBA(英ウェールズ大)、PgDip(英エクセター大)修了。

保険業界にもデジタル化の波が押し寄せる中、業務の効率化にとどまらず、テクノロジーが持つ力は指数関数的な変化を招くことが予想されている。また、仮想空間でのビジネスが注目されるいま、保険ビジネスはどう動くのか。

ソート・リーダーとして保険業界の経営戦略やデジタル改革を数多く共創してきた、IBMコンサルティング 保険インダストリー・リーダーの藤田通紀が聞き手となり、保険大手各社のデジタルシフトの担い手をゲストに迎え、保険業界の未来を探る対談連載。第1回は、東京海上ホールディングス株式会社 常務執行役員 グループCDOを務める生田目雅史氏とともに、デジタル化を背景に創出される保険モデル、メタバースにおける保険ビジネスなどについて意見を交わした。

ビジネスモデルを根本から変えたデジタル

藤田 今回の連載は、「Future of Insurers — 有識者と語る保険の未来像」として、生田目さんをはじめ、保険業界を牽引する4名の有識者の方に、これからの保険業界についてのお考えをお伺いするものです。本日は、よろしくお願いします。

生田目さんは、日本長期信用銀行でキャリアをスタートされ、当時まだ新しかったデリバティブ金融派生商品の開発を行い、ドイツ証券、モルガン・スタンレー証券投資銀行を経て、クレジットカードのビザ・ワールドワイド・ジャパンのマネジメント職、世界最大の運用会社であるブラックロック・ジャパンの取締役を務めてこられました。

金融のプロであり、マネジメントのプロであり、企業においてデジタルを活用してきたキャリアをお持ちです。いま、CDOというお立場から、激動の時代にあるデジタルについてどのように見ていますか。

生田目 まず、ここ数年のデジタルには、大きく2つの意味があると考えています。1つ目はテクニカルな意味でのデジタル。機械化やデータ化、解析能力の向上など、テクノロジー的な側面で捉えることができます。

2つ目は、このデジタルという言葉自体に内包されているような「桁違い」や「非連続」といった意味です。デジタル変革を現実に実感し、変革に取り組まなければ時代に取り残されるという危機意識を持つ人も増えた。デジタルがビジネスパーソンにとって特別なものになったのです。

藤田 産業革命前以降のビジネスモデルにおいて、機械化をはじめとした技術が、デジタルとかテクノロジーと呼ばれ、1つ目のデジタルは、その延長線上にあるのでしょう。一方、2つ目のデジタルは、技術自体ではなく、使い手やどうビジネスに応用していくのかという、人や知恵などの意味を含むのだろうと思われます。

生田目 はい。デジタルの本質は、自動化や計算の高度化といった技術的なものではなく、それを使う人の能力が飛躍的に、あるいは非連続的に高まっていくことにあるはずです。つまり、「デジタル×ヒューマン」という構図です。

藤田 デジタルによる急激な変化の影響は、顧客であったり働き手であったり、ステークホルダーとなる「人」すべてに対して間違いなく大きなものになりましたよね。となると、必然的にビジネスモデルそのものも変わっていくと思います。生田目さんは、保険業界に限らず、ビジネスモデルそのものが変容していると感じることはありますか。

生田目 デジタルがビジネスに与える影響を、デジタルが持つ価値に基づいて考えると、1つ目は驚くほど多くの付加価値を創出するということです。機能の多様化、精度の向上、法則や最適解の導出など。例えば、スマートウォッチは、正確性の高い時計という価値だけを追求していたら、生まれることはなかったでしょう。

2つ目は、デジタルの世界では、ネットワークを介して、ありとあらゆる価値創造の可能性が拡散され、また追求することができるということ。3つ目は、従来の価値観でビジネスモデルを作ろうとすると、比較優位なものを作ることはできないということです。つまり、あらゆるビジネスにおける価値を無限に創出する可能性があるデジタルによって、ビジネスモデルを創出する発想が根本的に変わってきていると言えるのではないでしょうか。

「Person to Person 」が保険会社に与えるインパクト

生田目氏と藤田

藤田 そのビジネスモデルを創出する発想が変わっていくという視点から、トレンドの一つである「PtoP」について、生田目さんはどのように見ていますか。PtoPの技術は、新しい価値の創造に何かしら貢献していると思いますが、いかがでしょうか。

生田目 まず、私たち損害保険会社から捉えると、PtoPという言葉には「Person to Person」と「Peer to Peer」の2つの意味があります。

金融取引では、銀行や証券会社などの仲介者が存在することで市場が作られ、取引が行われてきました。一方、Person to Personは、仲介を介さず個人が直接取引きを行うものです。ただし、このような個人間取引は金融固有の話ではなく、中古車売買やフリマアプリのようなPerson to Personのマーケットプレイスが、かなりの規模のビジネスを創出しています。今後も、さまざまな領域で見ることができるでしょう。

この背景には、インターネットをはじめとしたテクノロジーがありますが、要因はそれだけではありません。というのも、市場経済は、仲介者がなるべく多くの参加者を集めることで価値が創出されています。そのために、商品やサービスはある程度規格化され、参加者が安心感を覚え、参加しやすい市場が作られました。特に金融の領域では、そこが強く意識され、実践されてきたのです。

しかし、価値観のボーダーレス化やビジネスにおける国境が取り払われつつあるいまの社会においては、個々人や企業のニーズは異なり、画一化されたものでは評価できない、あるいは許容できなくなっています。そのようなニーズ同士を結びつけることが、新たな価値の創出につながっているのでしょう。

例えば、金融の領域では従来、証券取引所で扱われる株式を、証券会社を通じて取引することが行われてきました。ただ、それでは自分の投資ニーズが満たされない人が、デジタル化を背景に、個人の自己判断として自立した投資を行うことで、より多くの価値を見出すでしょう。ベンチャー投資を行ったり、非公開株の取引を行ったり、あるいはプライベート・クレジットというような投資を行ったりする流れは加速するのではないかと思います。

さらに、デジタルの時代により、ビジネスにおける情報格差が解消しつつあることも大きな要因だと思います。例えば、アメリカの企業に投資をしようと思った場合、以前なら証券会社からの情報が唯一の情報源でした。しかしいまは、デジタルの力で世界中から情報を集めることができます。その情報をもとに個々人が投資判断を行うことがさらに進むと、仲介者の数は相対的に下がっていくこともあり得るでしょう。

このように考えると、デジタルによって多くのものが集約される一方で、Person to Person で起こっていることは、まったく逆で、取引の希少性、あるいはお得感といった個々人の欲求に訴えるビジネスモデルと言えるのではないでしょうか。

藤田 その経営学的な視点でのデジタルのお話は、経済学においても新しいセオリーを産む可能性があるように感じました。

経済学の基礎理論によると、市場における金融商品の価値は、常に正確に、その商品の価値を決定づける全ての情報を反映している「効率的市場仮説」で語られます。とはいえ、それは実際の市場においてだとあり得ません。かつ、市場は需給で値付けがなされるため、その値段を信じ、その値段と自分自身が判断する価値をもって投資判断が行われる。これはある意味、従来のマーケットが実は歪んだ構造であり、誰もその歪みに疑問を持ってこなかったとも言えるかもしれません。

ただ、さきほどの「情報格差がなくなる」という前提が成り立つと、効率的市場仮説も成り立ちます。そして、そこを超えてリターンを得ようとすると、ニッチなものや自分だけに価値があるものに対して投資行動を起こす必要があるでしょう。これは、デジタルがもたらした副次的効果と言えそうです。

生田目 さらに、新たなイノベーションと言われる「仮想通貨」は、国境を跨いだ取引で発生する為替リスクなどを取り除く可能性があります。デジタル化が金融取引、そして経済全般において大きな意味を持つことは間違いないでしょうね。

「Peer to Peer」保険モデルが社会にもたらす可能性

生田目氏

藤田 2つ目のPtoP、Peer to Peerについてはいかがでしょうか。

生田目 保険会社は、「より多くの方に保険契約をいただくことで、保険金を支払うケースの確率を平準化させる」という統計的な法則に基づいたビジネスモデルでこれまで発展してきました。ただ、このビジネスモデルは、大きく二つの点に留意する必要があると考えます。
1つ目は「逆選択」と言われるもので、リスクの高い人が集まる中においては、相対的にリスクの低い人のみが恩恵を得られなくなるということ。2つ目は、保険会社が安定的な経営を保つためには、一定の利益を上げ、加えて株主に利益を還元する必要もあるということです。つまり、統計的な法則によって得られる保険金にプラスアルファの収益が必要になるのです。

対してPeer to Peerは複数の加入者同士で補償し合う新しい仕組みで、透明性の向上や逆選択リスクの低減が実現できると言われています。Peer to Peerの保険というビジネスが社会にどれだけ許容されるのか、その点は未知数です。ただ、面白いと思うのは、このようなPeer to Peerの保険ができると、そのクローズドな社会の中で保険を取りまとめようとするコミュニティー、あるいは契約者の集団が生まれてくることです。

これは、デジタル分野では、管理者不在の組織形態「DAO(Decentralized Autonomous Organization/分散型自律組織)」と言われるものです。保険ビジネスでも、Peer to Peerを取り入れていこうとする先に、セルフガーバンド(自己統治)的な保険の仕組みが成立するのかは、新たな課題として検討する必要があるでしょうね。

藤田 私も、Peer to Peerの保険モデルが広まっていく可能性は高いと思っています。ただ、統計的な法則に基づいて「人」にフォーカスしていた従来の保険モデルと違い、Peer to Peerの保険モデルは、それぞれの地域やコミュニティーにフォーカスして基準が異なってくるのではないでしょうか。文化や地政学的リスク、トレンドなどのさまざまなリスクプレミアムが乗って、地域という一定の枠の中で算定されることになるのです。

A地域にいた人がB地域に移ると、保険料や受けられる恩恵が変わるというのは面白いと思います。社会問題を解決するための一助になるかもしれません。私としては、ミラー系のPeer to Peer をイメージしています。

例えば、日本のX地域と似たような状況のY地域がオーストラリアにあり、その両地域を結びつけるプラットフォームを介して、DAOの形を取って運営される保険ですね。これは、サステナビリティーの観点から見てもプラスになり、保険の社会貢献にもつながると思います。生田目さんはどう思われますか。

生田目 面白い視点ですね。保険の根源的な価値は、社会の安定と安全を支え、社会の成長と発展を加速する機能だと思っています。その中で、藤田さんのお話は、「保険の機能をデジタルの力で広げると、新たな社会構造が実現できるかもしれない」という実に大きな可能性を示唆しています。保険ビジネスが、人類のサステナビリティー、あるいはリバビリティを担保していく重要な機能を果たすと、あらためて感じました。

メタバースは保険ビジネスに何をもたらすのか

藤田

藤田 リバビリティはいい言葉ですね。私たちは、ライフ・トランスフォーメーション(LX)を提唱しています。ライフ、つまり生活や生き方という視点では、バーチャルな世界にふれている時間が長くなっていますよね。私自身は動画サイトの見過ぎですが(笑)。

バーチャルの中、つまり仮想空間で過ごしている時間が、10年、20年前に比べて激増していることは間違いありません。当然、コミュニケーションも仮想空間を介したものが続々と生まれ、私たちは刹那的に使っています。この仮想空間を取り巻くトレンド、メタバースや自分の投影や分身とも言えるアバターなどを、生田目さんはどう見ていますか。

生田目 メタバースのような仮想空間、アバター、あるいはデジタルのるつぼというような世界がどうなっていくかというと、いくつかの大きな動きがあると思います。

1つ目は、インテリジェンスや知が圧倒的に集約されていくことです。いま、何らかの領域の情報を探索・集約しようと思えば、驚くほど大量の情報と知を得ることができます。メタバースでは、私たちフィジカルを伴った「人」ができる以上のことが行われ、知の集約の度合いが可及的に高まっていくでしょう。

2つ目は、その世界の特性を活かして、あらゆる形の体験、学習、再現、シミュレーションといった試みが、指数関数的に行われていくことです。

3つ目は、その潮流の中で、個々人の心理的安全性といったものが担保されていく世界になるだろうということ。年齢や肩書き、性別、国籍などの社会属性が配慮されたうえで、知の集約、知の探求が行われていくと思います。

アバターについては、いまのアバターはアニメのキャラクターのようなビジュアルで、自分の分身や投影のように動いてもらう世界観ですよね。ただ、近い将来、自律的な行動や判断、感情表現といった能力も備わってくるでしょう。そして、リアルの世界では大事だと思われている感情表現や人間性などが充足されたとき、アバターやメタバースの能力は飛躍的に高まると思います。

藤田 そのとおりですね。そして、経験から言いますと、人の発想は人の予測をなかなか超えてこない。生田目さんがお話しされたように、人は人を投影したメタバースやアバターを創造するでしょう。

とはいえ、一方では、人ではないアバターも出てくると信じています。例えば、野に咲く花、乗り物、あるいは人を包む優しい風といった概念的なものも含め、全てのものがデザインできるのではないでしょうか。私も、私自身を投影するとは思いますが、街とか世界を創造したいですね。いま存在する70億人が存在する別の世界といいますか、もっと幸せな世界といいますか。その無限の可能性というのはあると思っています。

そうなると、そこには生活や経済活動が必ず生まれてくる。いま、リアルの世界に存在するような保険ビジネスや他のビジネスが、メタバースで応用できると考えられます。CDOというお立場から見て、ビジネスチャンスやメタバースの可能性に賭ける思いなどをお話しいただけますか。

生田目 CDOとしては、ぜひそういうビジネスを作って先頭を走りたいですね。メタバースが持続可能なビジネスになるのかは未知数も多く、まだ入り口の段階だと思います。ただ、リアルの社会で起こっていることを応用する観点で言えば、仮想空間における何らかのトラブルは、保険でカバーできる可能性があると思っています。

盗難や損害、また、さきほどふれた知の集約にも関連する著作権や意匠、デザインなどの表現や価値に係るトラブルなどですね。例えば、盗作を疑われたアバターが、「AIの力でこのデザインを作った」と主張したときに、盗作か否かの線引きはどこにあるのでしょうか。まだ判例のない領域です。

また、メタバースからの影響は、リアルな世界での精神的苦痛ともなり得るでしょう。メタバース名誉毀損、メタバース離婚などが考えられます。さらに、よりリアリティを追求したメタバースにおいては、リアルの世界と同じような「死」や「老化」などの概念が作られる可能性もあると思います。このような特有の構図に対して、社会はどう対応するのか、保険ビジネスはどのような付加価値を提供できるのか、今後しっかり考えていく必要があると思います。

藤田 メタバースにおける社会は、指数関数的に広がってはるかにリアルを凌駕する可能性があると思います。そうなると、どこに人の幸せや価値があるのかといった倫理的・道徳的な問題が、大きくパラダイムシフトすることも考えられるでしょう。そのためにも、人は何を投影させるのかが重要になってくるはずです。

一方で、さきほどのDAOの話のように、自律的な意思決定がなされるとすれば、定められたルールによりアバターの死が決まるのではなく、貢献度が低かったり、幸福を感じていなかったり、あるいは潜在的犯罪指数が高くなったときに瞬時に命が消える自浄作用のようなものが生まれる可能性も否定できません。リアルでは絶対に実現しない事象について、倫理的・道徳的な視点からさまざまな議論が起こり、それが変化に対して一定のブレーキをかける要素になるかもしれない。つまり、デジタルの時代だからこそ、幸せとは何かを考え、倫理観や道徳観がより必要とされてくるのではないでしょうか。

生田目 そのとおりですね。ただ、倫理観、道徳観というものは、歴史的に見て、特定の限られたコミュニティーの中で最大公約数を取って作られてきました。実は同質性の象徴と言えます。

そのため、メタバースのような新しい社会において、何をもって価値規範を作っていくのかは大きな課題になるでしょうね。同質性に返っていくのか、異質性を許容しながら新たな価値規範が生まれてくるのか。生活やビジネス、社会のあり方を考えていく必要があると思います。

メタバースで保険ビジネスが実現する新たな世界観

生田目氏

藤田 メタバースは、リアルな世界があっての存在と捉えることができます。つまり、「人」にフォーカスするのであれば、リアルとバーチャルの双方が存在する。では、企業はどうでしょうか。保険会社は現状のままあり続けて10年、20年後に向かうのか、現状を超える、いわゆるメタ化していくのか。どのように考えますか。

生田目 非常に難しいご質問ですね。私は、保険という機能が金融の根源を成すものであることは変わらないと考えます。ただ、その形がどうなるのかについては、大きな変化を求められる可能性があるでしょう。

前述しましたように、極端に解放された多様性、異質性をはらんだ社会においては、統計的な法則に則ったビジネスモデルだけで保険ビジネスを成立させることが難しくなってくると思います。そうであれば、より多様な社会観や価値観に対する個別のリスク評価が可能になるのか、値付けできるのか、あるいはそれを誰かがリスクテイクできるのか。大きなチャレンジになるはずです。

藤田 保険の価値を維持しようとしたとき、懸念されるのは、既存のビジネスは法律や制度といったさまざまな制約や条件があり、がんじがらめになっていて新しい形態になかなか移れない、新しいものが既存から生まれにくいことです。そのため、既存の保険会社が変わるというより、新しい企業を作って、そこで現在のアセットを応用させていくようなことも考えられるのではないでしょうか。

さきほど生田目さんがお話しされた、リスクを評価し、値付けし、リスクテイクをどれだけ取れるのかといった保険モデルが、金融工学的にメタバースで成立するのかを検証する。結果として、サービス化できるとなったときに、これまでの延長線上にあるビジネスとなるのか、非連続の新しいビジネスになるのか、そこの選択になるように思います。

生田目 そうですね。従来型の保険モデルが、多様な価値観が存在するメタバースの中で成立するかについては、私たちもしっかり検証していかなければならないでしょう。そもそも、保険の対象となるようなサービス、そのサービスの形態自体がリアルとは異なってくると思います。

例えば、人の会話で成り立つようなビジネス、アバターを通じて提供される家庭教師や何らかの講師といったサービス業は、メタバースでは国境を超えて利用できるはずです。つまり、既存の法律や規制が十分に及ばないところでコミュニケーションが成立して価値が存在している。その価値に内在する何らかのリスクをどうやってカバーするのかも検討する必要が出てくるのです。

藤田 例えば、猫の走り方を擬人化させた場合、とてもしなやかな動きになるはずですよね。

メタバースでは、そのようなことができる。つまり、動物や植物など、森羅万象の原理原則を擬人化させていけると思うのです。国とか国境とか人が定めた境界だけでなく、生態系すら超えた世界観を示すことがデジタルによって実現する。日本的な考え方かもしれませんが、世の中の森羅万象に魂が宿るような感覚を可視化してモデル化できるというのも、まさにメタバースならではと感じますね。

生田目 その世界観というのは、まさにメタバースがこれから目指していく方向ではないでしょうか。その中で、私たちが認識を深めなければならないのは、仮想空間はデジタルの力によって想像以上に、リアル感や没入観を実現していくことです。コンピューターの中に存在するデジタルワールドということではなく、リアルの世界とデジタルの世界、インタラクティブにつながりあって社会が形成されていくはずです。

藤田 損害保険的な仕組みや役割が、両方の世界の安全や安心に大きく貢献していくようになりそうですね。

新しい時代に向けて、保険業界が目指す人材像と人材の確保

生田目氏と藤田

藤田 お話をお聞きしていて感じたのですが、生田目さんのような考え方や発想をする人が、貴社にはどのぐらいいるのでしょうか。

生田目 1万7000人ぐらいじゃないですかね(笑)。もちろん、それぞれの社員が問題意識を持って仕事に取り組んでいると思いますが、私にユニークなバックグラウンドがあるとすれば、融資、預金、あるいは株が商品のほぼ全てだった80年代までに、デリバティブの業務を経験した点です。デリバティブは仮想の権利関係を体現することができる取引です。つまり、35年前にメタバースだったりアバターだったりをやっていたのかなと思うことがありますね。

藤田 面白いですね。私もアセットマネジメント系の出身なので、生田目さんは大先輩に当たります。少し話はそれますが、2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは心理学者でもありました。この頃から、個々人の価値観、心の積み重ねによって経済行動が起こるとすれば、統計的な視点では正しく見ることができないのでは、という考えが出てきたのです。

これを踏まえると、今後、メタバースは人の心の変容などに影響されてしまうことがあると言えます。例えば、独裁的なマインドと技術を持った人が現れた瞬間に、全てが終わってしまう危険性をはらんでいるような。そう考えると、金融工学のサイエンティストたちも、これからメタバースを目指す人たちも、心の豊かさや価値観を共有する意識を多様性の中に持った方がいいと思っています。

生田目 さらに、これからは、メタバースでの流行がリアルな世界に帰っていく可能性もあるでしょう。デジタルとリアルの融合がさらに加速し、私たちにとって大変忙しい世界になるかもしれませんね。

藤田 そこで現実的な問題となるのが、そのような時代の中で新たなビジネスモデルを創造していくために、人材はどうすればいいのかということです。期待すべきは、20〜30代で、それよりも前の10代ぐらいの子たちが社会をリードするような形に変わっていくべきだとも考えられる。そして、いまの40代は、経営者としての意識を持ってしかるべきではないでしょうか。

生田目さんは、このような時代で活躍できる人材をどう見ていますか。どんな人材を目指せばいいのか、アドバイスがあればお願いします。

生田目 個人でも企業でも、経営においても、持つべき重要な本質は「変化」だと思います。その前提として、自分が完全ではないことを自覚することが必要で、現状に甘んじないことです。成長のために変化をしようという掛け声は、ビジネスの世界では多々聞きます。ただ、そもそも成長を議論する前に、自分が不完全であると認識していれば、少しでも完全に近づくために、自ら一歩変化してみようと考えるでしょう。

では、何をどう変化させるのか。難しいテーマですが、「これって変えられないのかな」という小さな疑問を、ありとあらゆるところで考えてみることだと思います。社会にいまあるルールがこれからも正しいのか、いまある対価と価値のバランスはずっと正しいのか、自分なら違うものを作ることができないだろうか。「このビジネスによって生まれている価値が持続可能なのか」と考えてみてください。テスラが良い例かと思いますが、そんな思考がイノベーションには共通して存在するはずです。

そのために、既存の価値観に捉われない自由な発想で、昨日とは違うサイトを見てみる、違うスポーツをしてみる、違う本を読んでみることが、最初の一歩になるでしょう。私も何か特別なことをしてきたわけではありません。自分自身が主体的に変化を求めていることで、必ず何かしらの成果につながると思います。

藤田 私も強制された変化は意味をなさないと考えます。一方で、変化の場や土壌を提供するのが、大きくは国家であり、小さくは会社や所属している学校やコミュニティーであると考えると、日本の経営者に課せられた大きな問題でもあると思います。生田目さんのようなリーダーが世の中を変えていくと信じています。

生田目 そのつもりで頑張りますので、ぜひお力をお貸しください。簡単に、弊社の取組みを紹介しますと、外部からプロフェッショナル人材を採用して、既存社員とともに事業開発を進めています。デジタル戦略における人材の50%以上が外部からの人材です。一方、国内2万人、グローバルを含めると4万人の既存社員の能力開発も進めています。社員自身が「やりたい」と考える業務に積極的に参加できるような機会として、プロジェクト参加型のトレーニングも進めており、金沢、栃木、福岡といった地方エリアからもデジタル戦略に参加しています。

藤田 ぜひ、私たちIBMもご支援できればと思います。さて、最後にお友達を紹介していただけますか。

生田目 MS&ADインシュアランスグループホールディングス執行役員を務め、グループCDOとして全社的なDXを推進されている一本木真史さんをご紹介します。デジタル技術の活用に留まらず、幅広くビジネスモデルを変革すべく、さまざまな取り組みをされています。

藤田 お会いできるのが楽しみです。本日は、連載記事のお一人目ということで、たくさんのお話をお聞きしてしまいました。とても楽しい時間でした、ありがとうございました。

本対談の内容を基に描いた、未来の保険の世界観