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Smarter Business

DX時代の経営者を体現する次世代CIO。カギとなるマクロ視点とコラボ能力とは

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スワガー恵理

スワガー恵理
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
IBM Data & Technology Transformation
データ戦略プラクティス・リーダー

単にデータ利活用を実現するソリューションを提供するのではなく、そのアプローチがクライアントの「全社戦略に整合しており、市場で勝つ術の一環を担うのか」という戦略的視点を踏まえた上で、データ・ガバナンス策定、データ基盤構築策定等から実際の構築につなげていくという、一気通貫したサポートをしている。17年間過ごしたアメリカを中心としたグローバル情報を常に追い、国内のクライアントに発信している。

2020年以降に世界は激変し、あらゆる業界でデジタル化の取り組みが加速している。一方で、パンデミックがもたらしたダメージへの対応という短期的な取り組みは一巡し、明暗が分かれつつある。これからは、中長期的な目線で次の姿を探ることが求められているが、デジタル化で中心的な役割を担うCIOは何をすべきか。

IBMでは世界の約2500人のCIOに、今後のビジネスの見通しに関する調査を実施し「CIO Study」としてまとめた。そこから浮かび上がる課題、そして今後のあるべきCIO像について、IBM CIO Study SMEのスワガー恵理に聞いた。

パンデミック3年目、デジタル化による企業間ギャップが拡大

IBM スワガー インタビューカット

――ビジネス領域でデジタル化が必要であることは、もはや共通の認識です。パンデミックが世界を襲った2020年以降、企業はデジタル化という課題にどのように対応してきたのでしょうか。

スワガー 国内の企業を見渡すと、いったんいろいろな施策を試してみて成果が出たところ、そうでないところと結果が分かれる局面に来ています。

CIO Studyでは、テクノロジーを積極的に活用する企業は、2021年の成果で見ると、収益成長率、営業利益率のいずれも2019年を上回ったことがわかりました。高業績企業が変化に対応できるテクノロジー・インフラを整備して柔軟に対応している一方で、低業績企業は市況、法規制などの外部環境に振り回されているようです。国内においても企業間でギャップが生まれていることは明らかです。

中でも明暗を分けたのは、テクノロジーの戦略的位置付けです。DXがそこかしこで叫ばれるようになり、流行りに乗って自分たちもデータあるいはIoTで何かやろうと取り組みを始めた企業は、期待ほどの成果が出ていないようです。逆に、自社の戦略に基づいてやるべきことを考えた結果、デジタル化に行き着いたという企業は効果が出ているようです。

――自社なりの戦略立案ができているところが成功しているということでしょうか。

スワガー 外部環境だけを漠然と見て動けば、いわゆるトレンドに振り回され続けます。世の中の動きをデータの活用でできるだけ正確にセンサリングしつつ、結局自社がどこを目指すのか、どうしたいのかを明確化してデジタル化を進めるべきです。海外ではすでに「DX」「デジタル」「イノベーション」といった言葉を使うことはやめようという動きがあります。日々新たなワードがさも必須事項のような取り上げられ方をしますが、その実態は自社にとって何でしょうか。本当に差別化につながるのでしょうか。自社の競争優位性は何なのか、戦略との兼ね合いの上で明確にするというステップを経ておく必要があります。

感染拡大が深刻化しつつあった当時、ある企業から「ビジネスモデルをサブスクリプションにしたい」という相談を受けました。理由を聞けば、「これからはモノではなくコトのビジネスで、サブスクリプションの時代だと言われているから」とのこと。ですが、その企業の製品の性質上、サブスクリプション・モデルを適応した場合、不特定多数のユーザーが物理的にシェアをするかたちになる。当時の状況からするに筋が悪いと判断し、見送るべきとお伝えしました。このクライアントの業界では、やはりサブスクではなく従来型の売り切り型に圧倒的な軍配があがりました。
トレンドとして取り上げられている内容と実際のデータが示している状況が異なることはよくあります。米国では「ミレニアル世代はものを買わない」とされていましたが、住宅の販売データを見ると、コロナ禍では全く違うことが起こっています。

このようにデータを分析しながら、それが自社にどのようなインパクトを及ぼすのかを敏感に感知し、漠然としたトレンドに振り回されないことが重要です。

マクロな視点を持ち、経営戦略のよりコアな領域への貢献が求められるCIO

IBM スワガー インタビューカット

――データを使ったセンサリングを行うとなると、旗振り役はCIOということになるのでしょうか。

スワガー CIOの役割と言うと、数年前まではバックオフィス業務の統括をイメージされることが多かったと思います。パンデミック禍でのリモートワーク体制の整備にあたり、インフラやオンライン・ツールのタイムリーな提供などを通して、手応えを感じているCIOやIT部門の方々も多いのではないでしょうか。

CIO Studyでも、グローバルでは77%、日本でも85%のCIOが、パンデミックへの対応で自身のチームが重要な役割を果たしたと回答しています。各社のITレベルは大幅に向上し、特に成熟度が高まった部分として、「ハイブリッドクラウド」「データ洞察」「AI」が挙げられています。

この成果は素晴らしいことですが、当たり前とも言えます。近年、企業のIT部門に求められていることは、こうしたバックオフィス的な機能だけではありません。自社のビジネスの差別化自体への貢献や、差別化要素の下支えなど、より経営戦略のコアな部分にコミットする役割に変化しています。

その役割において、先述のように世の中の動きをマクロで捉え、どのテクノロジーがどのようなインパクトを及ぼしているかを考える必要があります。テクノロジーを単なる効率化の道具として見るのではなく、そのテクノロジーの台頭で世の中がどう変わるのかを分析し、自社の戦略に反映させることも求められています。

――そうした変化の中で、新しい役割を担うために必要なスキルや視点を持ったCIOはすでに出てきているのでしょうか。

スワガー もちろんいらっしゃいます。ただ、日本はそもそもCIOという役職を設けていない企業も多く、設けていたとしても、システム運用の面倒を見るという役割から抜け出せていないケースもあります。

オペレーションを下支えするものだったITが、今やビジネスそのもののような存在となっています。テクノロジーへの理解があり、同時にビジネス全体を牽制していく上で他のCxOとコラボレーションできる立場にあるのは、 CIOしかいないと思います。

そう考えると、CIOはテクノロジーの知見を広げるという従来の任務に加えて、テクノロジーを使ってどのように自社が勝つことに貢献できるのかの視点で業務を進めるべきです。

実際に、多くの企業のCEOが、CIOやCTOといった“テクノロジー・リーダー”が「今後2、3年の間に組織の中で重要な役割を果たす」と考えていることもわかっています。CIOとCTOはテクノロジーによる変革を進めることで、戦略もリードするようなポジションになっていくと言えます。

CIO study 調査結果

組織と個人、両方の視点で進めるべきCxO間のコラボレーション

IBM スワガー インタビューカット

――CIOは企業の中核となる戦略をリードするポジションになるということですが、そこで必要になる具体的なアクションとしてどのようなことが考えられますか。

スワガー やはり従来のバックオフィス機能は委譲して、CIOはもっと全社戦略に関わるべきです。

ビジネスの領域において、歴史的なイベントがあると、コンシューマーへの影響はその後十数カ月続くというデータがあります。パンデミックが今すぐ終息したとしても、市場が元の状態に戻るまで相当時間を要しますし、元には戻らないかもしれません。その中で新しいテクノロジーがどういう世界を作っていくのか、あるいはそれを使って自社が勝つシナリオがあるのか否かについて、他のCxOと一緒に考えるアクションが求められています。

至極当たり前のことですが、CxO間でそのような意見や情報交換ができる関係性の構築が重要です。ただ、日々の業務に追われていると、なかなかそうもいかない、ということもあるかと思います。IBMではさまざまなワークショップをご用意していますので、そのような外部サービスをうまく活用してコミュニケーションのきっかけ作りとするのも一つの手かと思います。

CIO study 調査結果

――CTOをはじめとしたCxO間のコラボレーションや棲み分けで、IBMとしてのベスト・プラクティスやアドバイスはありますか。

スワガー 企業のIT戦略を司るCIOとCTOですが、IBMが考える棲み分けとしては、CIOは人・プロセス・社内の仕組み、CTOは目的・パートナーシップ・イノベーションと、それぞれの担当領域に焦点を当ててテクノロジーの戦略的な影響力を重視する立場、となっています。CIOは部署をまたいだところを見て、CTOは戦略的に重要なところを深掘りするイメージです。

とはいえ、各社で状況も目指す姿も異なるので、この定義に必ずしもこだわる必要はありません。CIO Studyの回答を見ると、棲み分けはせず、重複部分はあっても二者で一役という考え方でアプローチしている会社もあります。その会社にとってベストな方法で進めればいいと思います。

CxOの種類は増えています。その方々とのコラボレーションを通じて自社の成功にどう貢献できるのかという点でお話しすると、まずはCIO個人のプランニングが大切です。最終的には組織全体を見るのですが、CIO自身がどういう動き方をしていくのかをしっかり考えるべきです。

私がお手伝いした例では、ステークホルダー分析をして、会社の中で誰が自分の味方か、誰がITにバリューを感じているのか、誰にもっと説得・説明をしなければならないのか、誰をもっと巻き込む必要があるのかといったことをきちんと視覚化した上で、それぞれのCxOに対するアプローチを策定しました。「この人とはコミュニケーションを取れていないから、もっと密に、このような機会を利用してコミュニケーションをとる」といった具体的プランを立てるのです。

――組織だけではなく、個人レベルで考えることも重要ということですね。

スワガー CxOであるからには、CxO自身が成功しなければその下にある組織も成功しません。グローバルと比べると、日本のCxOは自分勝手に動いてはいけないと考える人が多い気がします。これからはもっと個人レベルで考えて良いと思います。

IBMでは年間を通じて天城でさまざまなCxOフォーラムを開催しており、CxO同士が交流できる場をご提供させていただいています。ビジネスの多角化が進む昨今、逆に他業界の方が参考になることもあります。視点を変えて他社のCxOから学んだり、意見交換したりすることも価値のあるアクションではないでしょうか。

CIOが自分の道を見つけるためのヒントとなる3つの職責

IBM スワガー インタビューカット

――CIOが他のCxOとより密にコラボレーションすることで価値が生まれ、それをさらに高めていくことが求められているとのことですが、企業や組織の状況は変化しています。どのような姿勢や動き方で挑むと良いのでしょうか。

スワガー 「自社にとっての最適を考え続ける」に尽きますが、道標として、CIOに期待される3つの職責イメージをご紹介します。

1つ目は、「部門横断的なファシリテーター」です。これは部門を超えたイノベーターとして活動するイメージです。社内で最も多様な責任を持ち、多くのメンバーに関わる課題に関与できるため、最も幅広い成功要因を備えていると言えます。具体的な責任分野として、データ・ガバナンスおよびコンプライアンス、サプライチェーン・マネジメント、エンドユーザー体験などが挙げられます。

2つ目は「クリティカル・オペレーター」です。責任の範囲が明確で一貫性があります。この職責は、少数の責任事項に深くコミットし、周りのメンバーと使命感を共有していくようなイメージです。事業継続性、職場の機能実現、人材管理および生産性が具体的な責任分野として挙げられます。

3つ目は、「ビジョナリー・ビルダー」です。1つ目よりも責任の範囲が広い職責で、テクノロジー戦略やオペレーションに関して大きな権限を有します。CIOとCTOの権能を併せ持った存在と言え、取締役会においてすら有効な権限を持ちます。具体的な責任分野として、経営層や取締役会への助言、テクノロジー戦略、テクノロジー・オペレーションなどが挙げられます。今回私がお話しさせていただいているCIO像は、こちらが最も近いと思います。

――最後に、CIOの皆さんにメッセージをお願いします。

スワガー コロナで増大した不確実性に加え、昨日まで他業種だった企業が、同じデジタル領域で今日から競合相手になるような、変化の激しい時代が続きます。その荒海を前進すべく、CIOには今後ますますリーダーシップが求められるようになっていくでしょう。ITは長年「縁の下の力持ち」だったわけですが、グローバルと比較すると遅れはあるものの、日本でも近年やっとその真価が認められてきたように感じています。これからCIOやそのチームにとって、とてもエキサイティングな時代が到来します。

従来型の業務を支えるためのデジタル化、自社が市場で勝つ方法としてのデジタルやテクノロジーに加え、経営戦略上重要なサステイナビリティーといったテーマでもCIOの手腕が問われることになります。活躍のステージはどんどん広がっています。

そのような経営の場でCIOが活躍するには、やはりまず一般的なトレンドに振り回されず、世の中のセンチメントを感知しつつ「自社が目指すところはどこか」「なぜその施策を実施したいのか」を他のCxOとともに突き詰めると良いでしょう。そして自社が策定した戦略に関する前提を定期的に確認し、前提が変わった時には方向転換が必要です。私はお客様に、その前提を毎日確認してくださいとお願いしています。ただ、これを人海戦術でやるのはなかなか厳しい。ここでもクラウドとA Iを掛け合わせる等テクノロジーを活用できます。データ活用の重要性は理解したが、具体的なアクションがわからないということであれば、我々のようなコンサルタントをうまく巻き込んで課題解決をしていくことも一案です。

自分たちが戦うと決めたマーケットで圧倒的なポジションを築いて勝ち続けるにはどうすればいいか、そういった視点を持ったCIOが今後増えることを期待しています。