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企業の戦略的なAI活用を推進する、IBM AIナレッジ・プラットフォームとは

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松瀬圭介の写真

松瀬圭介
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
コグニティブ・プロセス変革
AIコンピテンシー・センター長 理事 パートナー


25年以上にわたり外資系IT企業で、金融機関・保険会社向けに、基幹業務、営業・マーケティング、コンタクトセンター、与信・査定ワークフローなどの業務コンサルティング、システム開発などを手掛ける。現在、日本アイ・ビー・エムにて、全社的なAIビジネスを推進するコンピテンシー・センターのリーダーとして、社内外のナレッジとリソースを集約した価値提案の支援、AI活用による社会イノベーションの遂行と人材育成のためのプログラム形成、先端技術の評価からソリューション開発など、AI実用化を広げる活動に従事。

 

IBMが2018年9月に発表した企業のAI活用に関する調査レポート「エンタープライズAIへのシフト 」によって、AIに関わる興味深い事実が浮かび上がった。下図に示したように2018年の調査では63%の企業が「AIでの成功の最大の壁はスキルである」と回答している。下図の企業が挙げる最大の懸念事項からも分かるように、経営層の目の向く先は、AIを導入するべきかどうか(テクノロジーの入手可能性)から、どのようにしてAIを導入するか(スキルとデータ)にシフトしていることが読み取れる。

IBMの調査で明らかになったAI 導入の壁 2016年と2018年の比較

IBMの調査で明らかになったAI 導入の壁 2016年と2018年の比較
出典:「エンタープライズAI へのシフト」(IBM Institute for Business Value)

日本でも、多くの企業がAIを自社のビジネスで活用したいと思っている一方で、導入のためのスキルや人材の不足、全社的なデータ・ガバナンスの難しさを感じている。その背景には、AI人材育成の難しさ、AIのブラックボックス化、複数のAIを導入することで生じるシステムの複雑化、データ整備、AIガバナンスの仕組み作りなど、技術的にも体制的にもさまざまな問題がある。AIに対する社会的期待が高いがゆえ、AIを導入することで生まれる“現実”との落差が生まれ、AIに対するネガティブなイメージが払拭しきれていないのも事実だ。

そんなAI導入に伴うさまざまな課題に対して日本IBMが2018年10月に発表した「IBM AIナレッジ・プラットフォーム」(正式名称:IBM Services AI Enterprise Knowledge Foundation)は、AIを活用した企業変革をより強力に支援するため、包括的な解決策を提供するという。もはや避けて通ることができないビジネス現場でのAI導入に関する最新事情について、日本で本サービスを率いる日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス事業本部 コグニティブ・プロセス変革 AI コンピテンシー・センター長の松瀬圭介氏に聞いた。

 

企業や業界により生じる“AI導入格差”

現時点の日本において、とりわけ“AI導入”が進んでいる業界は「主には意思決定による業務効率化が求められる事務領域、そしてエンゲージメントの強化を狙う顧客接点の領域」だと松瀬氏は言う。

「事務領域におけるAI導入の代表格は金融業です。金融業は、約款や規定集のようなマニュアルを一般スタッフが理解できるようにするためデータ化が進められており、また、カスタマーセンターには、お客様とのやりとりを記録した音声データがあり、AI導入の親和性が高いといえます。

業務効率化が求められる領域でAI導入が進んでいる業界としては、製造業も挙げられます。製造業は生産管理がコア業務で、IoT技術、画像認識技術を導入した工場の自動化が進んでいます。人材不足が深刻化する中、IoTを導入し集めたデータを活用して生産性、効率性を高めていくために、AIの活用に積極的なのです。

顧客接点の領域では、旅行業、航空業、運輸業など。人を介さずともデジタル技術を駆使してより適切な顧客サービスを提供するなど、インターネットを通じたB to Cのコミュニケーションにおいてお客様とのエンゲージメントを高めていくために、もはやAIは欠かせないソリューションとなっています。」

一方、流通業、公共機関などでは、大掛かりなAI導入があまり進んでいない。流通業では、小売、テナント向けサービスにおいて顧客に向けたFAQ(よくある質問)などでチャットボット導入が進んでいる面もあるが、IT投資の規模感が大きな業界に比べて投資額が小さいという。理由として、流通業は最終的には直接人との接点が残るので一定の精度が求められるが、現状ではAIの提供サービスレベルが、まだそこに達していないのだ。また、公共分野では、サービスや事業のデジタル化が進んでおらず、あらゆる種類のデータがあまり蓄積されていないことがAI導入を遅らせる原因になっているという。

AI導入のメリットが明確なために積極的に進めている一部の業界を除けば、AIはまだまだ浸透しておらず、AI導入の格差が生じている。その背景として、松瀬氏はAIの信頼性や透明性の問題を挙げる。

「IBMは『AIが人に置き換わるものではなく、あくまで人を支援するソリューションである』という理念のもと、2015年頃からIBM Watsonの事業化を本格化させてきました。これまでの数年間は、データを用いてAIに学習させながらいくつかのモデルをつくり、そこから『いかに人とのトランザクションに活用していくか』が主たる議論の内容でした。しかし近年は、さらに『データをいかに管理するか』あるいは『いかに再利用できる形にしていくのか』といった論点か加わり、AIそのものの可視化が求められつつあります」(松瀬氏)

それを表すわかりやすい事象がAIの“ブラックボックス問題”だ。AIが何を根拠にその結論を導き、判断したのか——。市場ではブラックボックスの透明化が求められ、説明責任が求められる企業はAI導入を躊躇する……。

「この問題に対応すべく、IBMではAIによる意思決定のバイアス(偏り)を検出し、軽減するソフトウェアサービス『Trust and Transparency in AI』も同時に発表しています。“信頼性と透明性”も求められる社会的背景の中、AI導入は企業にとってとても複雑な施策と化しているのだと思います。少子高齢化に伴う人材不足問題や、日本企業の生産性の低さがクローズアップされる昨今、AIは確実に社会的インパクトが大きく、また企業のステークホルダーの期待を高めるトピックです。ただ、その裏返しとして、想定していなかったギャップのようなものが徐々に顕在化している状況なのです」(松瀬氏)

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企業のAI活用を部分最適から全体最適へ

AI導入がもたらした複雑な問題——。そんな課題を背景に、日本IBMは2018年10月から、IBM AIナレッジ・プラットフォームの提供を開始した。

「企業におけるAI活用推進は、エンドユーザーにより近いところに位置する各業務部門の側で導入を進めるケースが多いものです。その結果、各部門のLOB(Line of Business)ごとに、AIに関する施策がばらばらに立ち上がることとなります。また、企業のデジタル戦略室などは、IT部門とエンドユーザー部門の中間にあり、技術先行でLOB側に新しい技術を活用した業務改革を促していきます。そうするとAIに関する施策が細分化してしまい、誰が何をつくっているのか共有されないケースが企業内で頻発しています。

こうして散在してしまったAI導入の施策に“横串”を刺し、適切な管理のもとでAI導入を全体最適化する。AIは企業のナレッジや業務を支えるエンジンなので、組織マネジメント(組織づくり)、ガバナンス強化、プロジェクト導入、運用や再学習、さらには人材育成・スキル移管といった観点も踏まえ、包括的に実行する——。このように、企業のAI導入を“部分最適”から“全体最適”へと導くためのプラットフォームがIBM AIナレッジ・プラットフォームです」(松瀬氏)

 

企業全体でAIを活用するために必要な仕組み

企業全体でAIを活用するために必要な仕組みには、AIシステム開発の生産性向上と、AIシステムの品質を改善する業務の効率化が重要である。そのためには、企業全体での体系的なAIマネジメントが必須だ。それを支える企業のAI活用に求められる仕組みが、すなわちIBM AIナレッジ・プラットフォームである。具体的には下図のように、AIシステム開発の生産性向上を推進する「サービス群」と、AIシステム構築・運用の品質向上や大幅な効率化を推進する「ツール・アセット群」で構成される。

企業のAI活用に求められる仕組みを提供するIBM AIナレッジ・プラトフォーム

企業のAI活用に求められる仕組みを提供するIBM AIナレッジ・プラトフォーム

システム開発の生産性向上に向けたサービス群では、主に以下の5つのサービスの詳細を提供する。

(1)AIマネジメント支援:AI活用のための戦略策定、ロードマップの作成や管理、投資対効果のモニタリングなど。
(2)AIガバナンス支援:管理プロセスを定義して実行。訓練データ、モデル、アルゴリズム、検証データといったAIナレッジの管理。
(3)AIプロジェクト導入支援:新規プロジェクトを推進するためのユースケースの定義や、技術検証支援、本番導入支援。
(4)AI運用・再学習支援:既存プロジェクトにおいて、目標値(KPI)に対するダッシュボードの構築や運用、さらなる品質向上のための再学習を実施。
(5)AI人材育成・スキル移管支援:データサイエンティストの育成支援や、AIシステムに関するスキルの提供。本プラットフォームに関するスキル・トーレニング。

松瀬氏は続ける。

「AI導入に踏み切れない企業あるいは戦略担当者が抱える悩みの多くは、明確な投資対効果試算が難しい点です。日本IBMは、単に仕組みとしてAIソリューションを導入してもらうのではなく、過去のユースケースからどういう業務に対して適合させれば、最適な効果をもたらすのかを判断する知見とノウハウを持っているので、AI導入に躊躇する企業も我々の提言から導入の可否をご判断いただけます」(松瀬氏)

AI導入に踏み切れない企業が抱える、AI活動の主な課題

AI導入に踏み切れない企業が抱える、AI活動の主な課題

さらに松瀬氏は、同プラットフォームにおける日本IBMならではの強みを次のように付け加える。

「AIの世界でもまだ製品化されていない技術やソリューションが数多くあります。IBM Research-Tokyo(IBM東京基礎研究所)をはじめ、世界各地に拠点を構えるIBMリサーチが研究開発し、保有する技術要素を組み合わせれば、“まだ世に出ていないソリューションやサービス”も新たに生まれるかもしれません」(松瀬氏)

 

AI活用最前線

AIはさまざまな業界ですでに具体的な取り組みが進み、導入効果も出ている。実際にビジネスの現場でAIを活用している企業の取り組みに触れてみよう。

「ある国内大手銀行では、コンタクトセンターの担当者と顧客の会話のデータ化とAIを活用した分析を行い、独自の自然言語アルゴリズムで担当者が次に尋ねるべき最善の質問をすばやく生成。通話時間が10%以上短縮されました。また国内大手損害保険会社は、『お客様の声分析システム』を導入。電話の会話中にある顧客の声から、トレンド、パターン、相関関係を抽出し、その結果で得られた洞察を知見としてオペレーターに提供することで、お客様との迅速かつ的確なコミュニケーションを可能にしました。いずれも業務改善と顧客満足度向上を同時に叶えた事例といえます」(松瀬氏)

IBM AIナレッジ・プラットフォームの中で多くの企業にとって関心が高いのが、「人材育成」までサポートしている点だ。企業で求められる人材像も、ここ数年で大きく変わり始めている。日本IBMはデータサイエンティストやAIディベロッパーを育成するための教育プログラムや教育プランを保有する。これから社会に出ていく大学生向けの研修プログラムの実績もある。

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IBMが提唱する“これからのAI”

最後に松瀬氏は次のように話す。

「ここまでにお話してきたとおり、お客様の目的用途に応じたAIを包括的、かつ、経営目線で管理するためには、結果として“マルチAI”という考えに至るはずです。すなわちIBM製のソリューション提供だけでなく、オープンソース・ソフトウェアの活用や競合他社のAIを含めて考えなければいけない。AIを導入する一般企業1社がそれを実施することのハードルはとても高く、そこを我々がサポートしたいと考えています」(松瀬氏)

日本IBMは、変革実現のために必要な「デジタル時代の次世代アーキテクチャー」を策定・提唱している。これは、企業が自社だけでなく外部との連携による新たなデジタルビジネスを実現する「デジタル変革」へと進化するためのロードマップを提示し、企業全体の次世代IT戦略を業界ごとに定義したもの。その仕組みの構成要素の1つが「データ/AI分析基盤」(以下データ&AI)だ。

IBMが提案する、変革のために必要な次世代アーキテクチャー

IBMが提案する、変革のために必要な次世代アーキテクチャー

「アーキテクチャーの全体像は『顧客接点』『デジタルサービス』『ビジネスサービス』『データサービス』の4層からなりますが、それらのトランザクションを司る機能群として、データ&AIがあります。IBM AIナレッジ・プラットフォームでつくる仕組みは、この部分を強化するもの。ここが複雑な状況のままでは、このアーキテクチャー全体を支えていくことはできません。全体アーキテクチャーを提示しながらデータ&AIの最適化を図っていく——それがIBM AIナレッジ・プラットフォームの肝となります」(松瀬氏)

AIに関する導入支援サービスや業務・ITコンサルティングは、同業他社でも打ち出しているが、IBMの強みは「世界各地の研究所で開発したソリューションを提供し、かつ、それをクライアントに提供する中で最適な先端技術に根ざしたサービスを提供してきた点」だと松瀬氏は強調する。「IBMの企業理念は、あくまでクライアント・ファーストであることです。お客様によるその時々の選択に基づき、より最適なサービスを提供しています。これまで積み重ねてきた研究の蓄積など、他のITコンサルティングファームにはできない我々の総合力を最大限活かし、お客様の企業変革を全力で支援していきます」(松瀬氏)