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デンソーデジタルイノベーション室長 成迫剛志氏に聞く デジタル時代のデータ戦略 、なぜ社内にシリコンバレーが必要だったのか

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ITを活用したビジネス変革への取り組みとして、デジタルビジネスの創造を検討する企業が増え、「デジタルビジネス推進室」といった組織を設置する動きもある。しかし、アイデアを創出するプロセスが定まらず、暗中模索している企業も少なく ない。今回は、デンソー技術開発センター デジタルイノベーション室長 成迫剛志氏に、データを活用した新しいビジネスの創出に何が求められるのか、またどう推進していくべきかについて話を聞いた。
 

100年に一度の大変革、競合ではない思っていた企業が急に競合になる

──IT業界にいた経験などを踏まえて、現在はどのようなことに取り組んでいるのでしょうか?

成迫氏:現在はIT業界でやってきたこと、特に「クラウド事業でやってきたことをデンソーにどう取り込むか」という部分に専念しています。その中でもデータに対する取り組みとしては、現在のトレンドでもある「IoT(モノのインターネット)」への取り組みが挙げられます。デジタルとリアルがつながる「デジタルツイン」や「CPS(Cyber Physical System)」、「シャドー(注:デジタル世界のこと)」といった言葉が登場してきて、こうした取り組みの重要性が理解されるようになりました。

デジタルビジネスとは結局、リアルなデータがシャドーに入って、シャドーでさまざまなビジネスが成立したり、新しいサービスや価値が生まれることではないでしょうか。それに対して、一般的な企業でも自社にその分野の技術や知見がないといったことや、文化・スピード感が違うといった危機感を手伝って、デジタルへの取り組みを始めています。この点は自動車関連産業にとどまらず、人々の生活のほとんどがデジタルとリアルの双方にまたがるようになったことで、ビジネス環境が大きく変革しつつあることと同じだと感じています。

成迫剛志
デンソー技術開発センター デジタルイノベーション室長


明治大学経営学部を卒業後、日本IBM、伊藤忠商事、香港のIT事業会社 社長、SAPジャパン、中国方正集団、ビットアイル・エクイニクスなどを経て、2016年8月デンソーに入社。コネクティッドカー時代のIoT推進を担当し、2017年4月にはデジタルイノベーション室を新設、同室長に就任。

 
自動車を例に挙げると、移動するもの、移動に関するもの、すべてのデータがサイバー空間上で再現できるようになりました。すると、もともとサイバー上でビジネスを行っていた企業は、そのままサイバーに上がってきているリアル側のデータを使って、新しい価値を生み出すことが可能になっています。

これは、IT業界から来た私の視点からすると、(デジタルがリアルに入ってきたというよりも)リアルの世界の出来事がデジタルの世界に入ってきたというイメージです。さらに各種のセンサー機器がリアルな世界をデジタルに持ち込む役割を担っています。

 

シリコンバレー流のやり方を実践しようと立ち上がった

──こうした現状の中、日本企業は十分にデジタル化への対応ができているといえるのでしょうか?

成迫氏:既に「シャドードリブンエコノミー」と言う人もいて、シャドー(デジタル)側が主となってビジネスが成り立つ、経済が成り立つという考えも出てきています。一方、ものづくりをやってい た多くの方からすると、「ものの付加価値としての」ソフトウェアやデジタルというように、現行ビジネスの延長線上として捉えていることも確かです。

しかし、現在はこれまで通りの延長線上で付加価値を付けることだけでなく、少し違う観点やアプローチで物事を考える必要があります。たとえば、ものの付加価値ではなく、ユーザー視点で「何が欲しい」のかを考えることです。我々は、現在の延長線ではなく、まったく違うフィールドに目を 向ける「バックキャスト」方法と、従来の延長線上でいく方法とを上手く組み合わせると良いのではと考えています。

──成迫さんが移られて、デンソーでは「デジタルイノベーション室」が立ち上がりました。設立の狙いや今、どのようなことに取り組んでいるのか教えてください。

成迫氏:まずは、これからの時代に対する会社としての危機感があると思います。今後、競合または協業する企業とのスピード感の違いです。簡単にいうと「シリコンバレー流なやり方」を目指すことと言えるでしょう。

デジタルイノベーション室では、「リーンスタートアップ」や「アジャイル開発」などを取り入れて新しいものを創ることを目指し、基本的には「オープンソースを徹底的に利活用すること」「クラウドネイティブであること」をベースにしています。色々なモノが移動することに伴うデータは、今まででかなり蓄積されています。デジタルイノベーション室では、それらのデータを利活用するプラットフォームの構築を進めています。

特に最近は「マルチモーダル」というコンセプトで取り組んでいます。マルチモーダルでは、複数の交通機関を連携させ、人やモノの移動を相互にどう支援するかを考えています。

ちょっともったいない!?日本のデータ活用の現状

デンソーの成迫氏

──日本企業がデータ活用に取り組む場合の課題についてお教えください。

成迫氏:「データを使って新しいサービスを提供しよう」と思った際、まずはデータを取るところから始める必要がありますよね。データを集める段階で、用途を決めて集めようとしても追いつかない、間に合わないということが起こり得ます。また、本当はあるはずのデータが取れていないとか、取ってはいたが捨ててしまったということも多々あります。これはちょっともったいないなと感じます。

これからもデータ量が膨大に増えていく中で、大きいから捨ててしまうということではなく、将来想定される価値を生み出せるデータとしてどう残せばよいのかということを考えるのは、すごく大事だと思います。我々も捨てているデータがあるなら全部残すように取り組んでおり、「移動に関するデータはすべて取ろう」という形で取り組ん でいます。具体的には、各部門に埋もれているデータを全社共通のデータプールのようなものを構築し、データの利活用ができるような仕組みづくりを進めています。

──「データレイク」のような考え方でしょうか。

成迫氏:はい、データレイクのような発想です。加えて、それを使うためには「どういうデータがあるのか」を検索する機能も重要となります。使いたい人が、自分が使いたいものを簡単に検索できるような、そんな仕掛けづくりに取り組んでいます。

より具体的には、「ユーザーがどういう観点で、検索した人がどういうキーワードで、どういうものを検索したいか」について、アジャイル開発で少しずつ加えていく方法を用いています。特に、データに対するメタデータを付与して、メタデータでさまざまな検索を可能にする仕組みを構築しています。

たとえば、街中にはさまざまな自動車が走っていますよね。そこには既に膨大な量のデータが生まれています。そのデータを元に「急ブレーキを踏みがちな道路はここだ」とか、天候データと紐付けて「こういう天気のときに、この場所は危ない」みたいなことが考えられます。

──先ほどのお話の中で「デジタルイノベーション室では、基本的にクラウドとアジャイル開発を採用している」という話をされていましたが、オンプレミスは一切持たずにクラウドで展開されているのでしょうか。

成迫氏:基本的にハイブリッド型マルチクラウドを採用しています。その理由は、データそのものも「ポータビリティ」を持たせておきたいからです。自動車業界で言うと、自動車の耐用年数が15年から20年ということは、少なくとも20年はデータを取っておく必要があります。

一方、ITシステムはというと、サーバやストレージ装置の寿命 が大体5年ぐらいです。今まで「データをどこに置くか」という議論はよくありましたが、データそのものが大事なのであり、置き場所は重要ではありません。オンプレミスも含めた、ハイブリッドクラウド、マルチクラウドでポータビリティを持たせる構 成にしようと思っています。オンプレミスとクラウド間を自由に行き来できることが、ビジネスのリスクヘッジとしても絶対に必要だと思っています。

デンソーの成迫氏

データドリブンに必要な人材とは?

──デジタルイノベーション室のスタッフは、どのような人がいるのでしょうか。

成迫氏:基本的には社内にシリコンバレーを作ろうとしているので、そこについて来ることができる人材を集めています。実際、人集めに苦労している面はありますが、優秀な人材を獲得できていると思います。私たちの取り組みは、社内外でも認知度を上げるように努めています。「この仕事をしたい」「一緒にやりたい」 という人が応募してきてくれます。

私の個人的な理解としては、「ビジネスで何がしたいかを考える」と「そのデータを使いこなして何かを生み出す」の両方ができる人というのはとても希少です。データアナリストとか、データサイエンティストと言われている人の中でも、一人でできる人はまれで、多分2タイプの人が必要になるのではないでしょうか。となれば、その人たちの間のコミュニケーションやコラボレーションの整備は重要です。

そこで私たちは、ビジネス側の人間と開発者が一緒になってスクラム開発をしています。「ビジネス要件やユーザー要求をどう実装するか」を両者が喧々諤々とやっているのです。その中で感じたのは、ビジネス側の人間がデータサイエンティストやデータアナリストと「データから新しい価値をどうやって生み出すのか」をアジャイル開発的に実装するスタイルが一番いいということです。

また、時々「データハッカソン」みたいに集まって議論や検討会も実施しています。

デンソーの成迫氏

従来の延長線上で物事を考えない

──デジタルイノベーションという観点で注目しているところはありますか?

成迫氏:今一番、注目しているのは「中国の動きがかなり早い」ということです。マルチモーダルへの実現に向け、自転車やバイクのシェアに関しても、かなり多くの企業が参画しています。 ユーザーからすると「自転車は買うものじゃない、持つものじゃない、借りるもの」という考え方が非常に浸透している状況です。 それらが全部先ほどのIoT技術、またはシャドーによって実現できている点、しがらみがなく一気に、しかもかなり大きなスケールで展開できる点などに、個人的には注目しています。

──デジタルビジネスを進展させていったり、データドリブン経営を進めて行くうえでの提言があれば、お願いします。

成迫氏:たとえば2020年でも、2025年でもいいですが、「将来こういう社会になっている」「こういうビジネス環境になっている」という将来のビジョンを持つこと。そして、そこに到達するための必要なステップは何かを考えて進むことです。

その際、個別のROI(費用対効果)を計っていたら、いつまで経っても一歩が踏み出せないでしょう。将来に向かう先行投資という形で進めることが大事ではないかと思います。あとは、従来の延長線上で物事を考えないこと。延長線上を考える人たちとはまったく違うチームとして「延長線上じゃないと ころで物事を考えなさい」という別の組織、別の人材で色々なことを推進することがすごく大事かなという気がしていますね。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

 
当記事は、Web「ビジネス+IT」に掲載されたものです。