取材・文:安田博勇、写真:山﨑美津留
2017年7月1日に日本IBM本社で開催された、コンサルタント向けキャリア採用イベントの中で、特別セッション「シンギュラリティ後の世界」が行われた。講師はカーネギーメロン大学教授で、人工知能、ロボティクス、3Dプリンティング、ナノマテリアルなどの技術に精通する起業家・研究者として知られる、ヴィヴェック・ワファ氏だ。
「30年後も世界をリードしている仕事を今、しよう。」(イベント告知文より)——。2045年に人工知能が人間の能力を超える「シンギュラリティ」が起こり、AI時代が到来するといわれる今、日本企業やビジネスパーソンはどのように活路を開くべきか? 日本IBM 戦略コンサルティンググループの門脇直樹氏が、ヴィヴェック氏と意見を交わし、これからの時代を担う若者へのメッセージを送った。
テクノロジーは指数関数的に進化する
門脇:2045年、人工知能が人間の能力を超えて「AI時代」が到来すると言われており、今まさにその予兆が各方面で起こっています。
ヴィヴェック:日本も「第5世代コンピュータプロジェクト」(※)が象徴するように、かつてはAIの超大国になると期待されていた時期がありましたよね。残念ながら80年代のコンピューターのパワーは、AIに十分な効果を発揮させるのに不十分でしたが、現在はコンピューターを含めたあらゆるテクノロジーがかなりのスピードで進化しています。
※1982年に立ち上げられた次世代コンピューター開発を目的とした国家プロジェクト
半導体の性能が指数関数的に進化することを予測した「ムーアの法則」のように、あと6年先までその進化は続くと考えています。きっと皆さんがお使いのスマホも6年も経てば、人間と同等の能力を持つようになるのではないでしょうか。これは非常にすばらしい進化であり、日本がかつて夢見ていたAIの世界がいよいよ実現できると予感しています。
門脇:「AIの時代」の到来の予兆を感じさせる、何かおもしろい事例はありますか?
ヴィヴェック:1つはロボティクスです。使用されるセンサーもより小型に、そして圧倒的に安価になってきましたから、SFの世界に出てきたようなロボットがもうすぐ現実のものになろうとしています。
もとより日本はAI領域のリーダーであり、またロボットに関しては漫画に登場するキャラクターなどを通じて親しみを持っている人も多いと思います。スマホに搭載された音声認識機能など、今のロボットはまだ人間らしくないかもしれませんが、5年くらい先にはさまざまなテクノロジーが盛り込まれ、人間の友だちと話すようにロボットと会話できるようになるでしょう。日本人はロボットテクノロジーが好きですから、それと共存する先駆的な国の1つとなるかもしれません。
門脇:他にはいかがですか?
ヴィヴェック:コンピューター、AI、IoTセンサーの組み合わせはスマートシティを実現させます。東京は世界的に見ても最も進んだ都市の1つだと思いますが、都市の汚染、騒音、犯罪といった社会的な課題も多くありますよね。センサーによってそれらの課題をモニタリングしてデータ化できるようになりますから、データをクラウドに接続できれば、AIを使った分析が可能になります。さらに、日本ではこれと近い原理で作動する自動運転車の開発にも積極的ですから、スマートシティについても先進的な事例をつくっていけるはずです。
世界と人と企業は、3つに分裂する?
門脇:ここで少し、私の個人的なビジョンをお話させてください。私はこれから、世界がリアル(自然中心の世界)、ミックス(機械により効率化された現実世界)、バーチャル(あらゆる経験が可能な新世界)の3つの世界に分裂すると考えています。
今はまだリアルの部分が世界の多くを占めていますが、2040年、2060年と時が経つほどにミックスとバーチャルの部分が増大し、人間は、この3つの世界を行き来しながら、「三重人格」を持ち合わせると予測しています。
さらに、新たな世界が生まれるのに伴い、企業側もふるいにかけられていくと考えます。すなわち、ミックスとバーチャルの領域が増大するごとに新型企業が現れ、 “新世界”で価値を提供できる企業が増えていく。すると、これまでリアルな世界でビジネスをしていた既存企業が縮小していくのです。
ヴィヴェック:非常に興味深い視点ですね。ただ、人工知能が人間の能力を超える、いわゆるシンギュラリティの後に何が起こるかということは、誰にもわかっていません。シンギュラリティを提唱したレイ・カーツワイルも「テクノロジーはいずれ技術的特異点に達するけれど、何が起こるか私自身もわからない」と語っています。
しかし門脇さんがおっしゃるとおり、既存の領域のみに留まっているほとんどの企業は、10〜15年先に何らかの問題が生じると思います。特に日本企業は、今あなたがおっしゃったような創造的な破壊というものに慣れていないから、さまざまな準備が必要です。
門脇:アメリカの場合はどうでしょう?
ヴィヴェック:日本と同様です。私も同じようなレクチャーをたびたび講じてきましたが、わかってくれる企業はほんの一部です。そういう意味では、日本IBMのような会社が世の中をもっと啓蒙し、近い将来必ず起こるであろう変化について伝えていくことが重要だと思います。あなたがたのミッションは「日本を救う」ということに繋がるのかもしれませんね。
古い価値観にとらわれている企業は世界に置いていかれる
門脇:本日行われる日本IBMのキャリア採用イベントでは、「ミレニアル世代」と呼ばれる層も多く来場します。彼らはまだ社内で大きな権力を持つレイヤーではありませんが、既存のマネジメント層とイノベーションを起こしていくために、どのような意識づけが必要でしょうか?
ヴィヴェック:かつてのイノベーションは、たとえばR&D(研究開発)部門がイノベーションのビジョンを描き、他の人はそれに追従するような構図で起こっていました。しかし現在はあらゆる領域の人からアイデアを集約しなければいけません。
イノベーションを起こしたいなら、誰もが平等にブレインストーミングができる環境が理想です。「若者はベテランの言うことに従う」というよくある関係性ではなく、相手が間違っていたら「間違っている」と伝え、「このアイデアにトライしよう」と主体的に動かねばならないのです。企業やマネジメント層も社員を平等に扱わなければいけません。「規律が保たれている」あるいは「階層的である」というのが日本の企業の特徴だとするならば、そうした古い価値観にばかりとらわれている企業は、いずれ世界に置いていかれることでしょう。
対談後、ヴィヴェック氏は日本IBMのキャリア採用イベントの特別セッションに登壇し、参加した若い世代の人たちに向け力強いメッセージを送った。
「今はどんな人からでもイノベーションにつながるアイデアが生まれており、AIによりもたらされる生活や働き方のビジョンをより具体的に描くのが、皆さんのミッションです。興味や関心があるものについてリサーチする手段に恵まれた今、皆さんを止めるものは、何ひとつない」
「常に自分たちの仕事に対して改善の目を向け、上司にも発信しましょう。よりThink Bigに物事を捉えてアクションすることで、日本という国はもう一度飛躍するはずです」
AI時代到来に向け、これまで経験したことがない「新世界」を描き、日本が取るべき活路を切り開いてゆく——。その舵は、この日のイベントに参加した若い世代が握っているのかもしれない。